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おにいちゃんの事故

 母は昔から笑顔を作るのが下手だった。心配性で誉められるよりも注意されることのほうがずっと多かったわ。でもいつだって私のことを考えてくれていて、愛情をたくさん注いでくれたのは伝わっていた。

「こんなにたくさんのダンボール、運ぶの大変だったでしょ?」

「大丈夫。中は服が多いから意外に軽いのよ」

「あら、お洋服って……なくても大丈夫なの?」

「向こう寒いからあっちで買うの。それに数年したら戻って来るんだもん」

「戻るなんて縁起の悪いこと言いなさんな」

「はーい。じゃあ帰ってくる……って、一緒?」

「せめて『東京に』とかつけなさい」

「了解! で、お母さん。私の部屋にまだ空きあったよね?」

「咲季の溜め込んだマンガで埋まりかけてはいるけどね」

 あ、母の表情にまた不機嫌菌が!

「はいはい。片付けていきますよ……出来る限り」

「期待してないわよ」

「あとこれ。見て見て!」

「なぁに?」

「小学生のときの名札! 懐かしいでしょ! こういうのって全部こっちに置いてきたと思っていたのに、アパートの荷物に紛れていたの」

「あ、あら」

 母は、そのあと何かを言おうとして、ちょっとの間を置き、それから手で眉間のあたりをそっと押さえた。

 頭痛かしら?

「あれ、お母さん? ……具合悪いの?」

「そ、そうなのよ。なんだか最近……風邪かしら?」

「気をつけてね。今はやってるみたいだから」

「そうね。気をつけるわ。そうそう。咲季、彼の転勤先ってどこなの? ……さっき、寒いところって」

 あ、母にはそれすら言ってなかったんだっけ。

「えーとね……牛タンの美味しいところ!」

 何かを言おうとして口をつぐむ母。両手で胸のあたりをきゅっと押さえる母は本当に具合が悪そうだった。大丈夫、と言おうとしたのを遮るように。

「仙台、ね」

 ゆっくりと噛みしめるように、言った。

「そ、そう。仙台……ねぇ、お母さん、具合悪いの?」

「……風邪……咲季も気をつけてね」

「うんうん。お母さん辛そう……荷物運んだらさっさと帰るね」

「咲季」

「なぁに?」

「東京に、ちゃんと帰ってくるんだよ」

「大丈夫。時々顔出しに来るってば」

 体調の悪い母を休ませると、頑張ってダンボールを運び始める。

 

 全て格納した後の私の部屋はもうほんと居場所なんてない。これ部屋ってより倉庫よね。

 その理由は大量のマンガのせい。本棚に入りきらないマンガはやがてダンボールに入れて部屋の隅に積み重ねられはじめて……あー私って本当にマンガ好きよね。少女マンガだけじゃなく少年マンガもけっこうある。小さいときからけっこう好きだったのよね。

 ……小さいとき。

 私にはおにいちゃんが居た。私が小学校へあがる前に交通事故で亡くなった……みたいなんだけど。

 そのおにいちゃんの記憶があんまりない薄情な妹の私。

 

 でもきっとこの少年マンガとかはお兄ちゃんの影響かなって思うんだよね。おにいちゃん、私の中で生きているんだ。きっと。

 おにいちゃんの事故のことをお母さん達はあまり教えてくれない。だから途中からは私からも聞かなくなって……ただ一度だけ、親戚の人がポロっとこぼした言葉を私は覚えている。

 いつだったかは覚えていないんだけれど私がまだ小さかった頃、親戚が集まっていた席で聞いたのよね。夜遅かったから座布団を枕に寝ていた私のすぐ近くで話されていた声が耳に飛び込んできたの。

「とても酷い事故だったらしいわよ。遺体が残らなかったって」

 その時の言葉は今でも耳の奥にひっかかっている。遺体が残らない、って……どういう……


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