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覚えている色

 しゃがみこんで、その黄色いガラクタを近くで眺めた。

 大きなプラスチック製の懐中電灯。

 硬いものにぶつけたみたいに壊れている。しかも、電球がセットされていた部分も、底の電池を入れる部分も、錆びてボロボロになってしまってはいる。

 でも、この、持ち手のところにつけたキティちゃんのシール。見覚えがあるの。

 うちの懐中電灯……私のうちにあったやつ。

 

 この懐中電灯が、私の「忘れていたこと」のフックだったみたい。

 私の記憶がじわじわと、私のつま先から這い上がってくる。

 その記憶に浸された部分は全て、麻痺したみたいにこわばり小刻みに震えはじめる。

 ……私の体じゃないみたい。

 不意にバランスを崩し、二、三歩後ずさると扉のすぐ横の壁にもたれかかるようにすとんとへたりこんでしまった。

 思い出し……ちゃった。

 私……

 

 背後の扉の向こうの空間にさっき見た「模様」。

 オオカミの絵じゃあないの。そのカタチは鮮やかな色を取り戻した。

 フラッシュバックのように目に焼きついていた色。

 あの鳥居の、深紅。

 懐中電灯に照らされた、深紅。

 この、もう錆びて使えなくなった懐中電灯で、かつて照らした輪の中にすっと浮かんだ深紅。

 私たちがここに来る時はなかった。私がこの部屋から出たときにはそこにあった。

 私は怖くなって懐中電灯を落としたのよ。多分その時も何歩か後ずさったはず。今みたいに。

 あの「模様」、あの深紅。

 

 それはおにいちゃんたちの、血の名残り。

 

 私の震えた手から携帯が落ちる。

 だけど私には、それを拾うということすらできなかった。

 手にも足にも体の全てに、力が入らない。

 まるで今、そこであの時の記憶がリプレイされているのを、ただ黙って見させられているような、そんな感じ。

 今になって寒さに気付く。この冬の寒さに。

 コート、外に置いてきちゃったんだっけ。

 

 ……必死に「動いて」と体にお願いする。ガチガチに固まった腕をなんとか自分の体の側に取り戻し、はぁぁと息を吐きかけ、ぎゅっと握り締める。

 寒い。

 寒すぎる。

 でもまだスカートじゃなくてトレーナーで良かったわ。

 両手は握り締めたまま、少しでも暖かい場所へとトレーナーのポケットに仕舞いこむ。

 

 ……相変わらず立てない。

 …………そのうち……私、自分自身が遠くなってゆく感じがしはじめた。うまく言えないけれど「遠くなる」感じ。でも「遠くなった」おかげで私、おにいちゃんに「近くなった」ような、そんな気がする。

 

 ……おにいちゃん。

 

 寒さに耐えている私がいま、ぼんやりと見ているのは……記憶?

 それともマッチ売りの少女のように、幻を見つめているのかしら……

 ……おにいちゃん……

 ……おにいちゃんが、なにか言ってる。

 

 ……こうちょうしつのおくにもまだ道があって……

 ……すごくひろいからここでかくれんぼしようって、言い出した……のは、おにいちゃんとナオ君ともうひとり、タケちゃんって人。

 私とトモ君は恐いからもうやめようって言ったの。

 そうしたら、おにいちゃんが懐中電灯を私に貸してくれて。

「咲季、これならこわくないだろ!」って。

 私、嬉しかった。黄色い懐中電灯。

 そして。

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