扉
私、本当に鬼をしたの?
あまり信用ならない自分の記憶を今一度問いただす。
……うん。まだ思い出せない。でも。
あのとき数えていたことを、こんなにも強く覚えているんだもの。きっと鬼をしたわ。
じゃあ何を忘れたの?
頑張って、私!
ふと、地面の模様が目に付いた。え、模様? 電池惜しさに点けたり消したりを繰り返していたから、ちゃんと目にしていなかったのかも。
これ……!
床には何かをかたどった模様があった。その模様を、私は前にも確かに見た気がする。ただ、記憶の中のカタチとはどこか違うような……その模様に何度か近づいてみて離れてみて。
「ちがうちがう……確か……」
今度は模様の周りをくるくると回ってみる。何度か角度を変えたとき、お尻がこつんと何かに当たった。
「きゃ」
それはあの右側の扉のドアノブだった。
「あー、びっくりした」
自然に声が出る。怖いから、かな。
「あ」
そこからの角度の模様、記憶に一番近い印象……すると私……ここから出てきたってこと?
扉の側から見た模様は、オオカミみたいなカタチ。
オオカミ。この単語なんだか覚えている。オオカミみたい、ってこの模様を思ったのよね。
ちょっとしゃがんで光をよくあててみると。黒っぽい液体を無造作に塗りたくったようにも見える。描いたって感じはあまりしない。
でもこれ、オオカミって思ったのはなんとなく覚えている。模様を記憶と照合できた私は、とりあえず先を急ぐことにした。次の手がかり、扉の前へと立って。
おにいちゃんたち、待っててね。
扉は金属製で無愛想なデザイン。扉の表面には錆がこびりついているが、それでも扉自体はがっしりと頑丈で朽ちる気配はしていない。扉のノブに手をかける。
じゃり、と錆が指先を汚すが、ぐい、と重たい手ごたえながらノブは回った。不思議と恐くはなかった。というよりむしろ、この扉に不思議な安心感さえ覚える。
……まだ戻っていない記憶の中にはその答えがあるのかしら?
不安をはじめとするいくつものマイナス感情に押しつぶされそうな今の私にとって、かけらでも心を逃がすことができる存在はありがたい支え。
ノブを回したまま肩から体重をかけ、扉を押し開いた。
ぎぃぃぃぃ。
思ったよりは重くない。この扉といいこの地下への入り口の扉といい、小学生一年生の私がなんとかギリギリ一人で開け閉めできるレベル。音だって、扉についた錆の量から想像するよりずっと小さな軋みだけ。
が、何かがつかえたのか途中で開かなくなる。これ以上は開かない。
扉の隙間にちょっと灯りを向けてみる。
散らかっている感じ。だけど、なんとか通れそう……耳を澄まして数秒。
ねぇ、何で私は戸惑っているの?
記憶にはかすかにしか残っていないおにいちゃんの声に呼ばれた気がして、私は体を半分、扉の内側にすべり込ませてみる。いける。私は思い切って、その隙間に全身をねじ込んだ。お尻……ちょっとキツイけれど……よいしょ……
部屋の中に入ってすぐに気付いたのは空気が違うこと。あの臭い匂いがかなり少ない。オアシスってほどじゃないけれど助かる。
私は扉を後ろ手に閉めた。ようやく、呼吸を少し深くできるようになった。
その呼吸の三つ目が、小さなため息へと変わる。
言葉に出来ない安心感のせいで灯りはまだ消したまま。
次にやることはまず、扉が開くのを邪魔していたものの確認かしら。




