鳥居
私だけ助かったのに、なんで忘れてしまったの?
まだ生きているって思っているわけじゃない。そのくらいの冷静さは残っている。
でも。
ひょっとしたら……せめて、おにいちゃんたちのかけらだけでも取り戻せたら。
そんなことを漠然と、でも大真面目に私は考えていた。
恐くはなかった。
そうしなきゃいけない気がしていた。
あの神社の見通せるタバコ屋の横の道へ、私はヒロイックに踏み出していったの。
真っ白い道を上ってゆく一番向こうにひとつだけ、紅い色が主張している。あそこが神社。
その坂は傾斜がゆるやかだけれども長く、なんとも険しさを覚える。そしてちょうど雪風が通りに沿って下って逆風となり、余計に足どりを重くする。
隠れるところもない田舎の一本道。しかもあの鳥居からずっと監視され続けているような嫌な感じ。紅い鳥居は「唇」に見えるのに、どうして視線を感じるんだろう。
……ひょっとして……おにいちゃん、私のこと見ているの?
雪に覆われた坂の上の毒々しい紅を、きっと睨みつける。
そして私は一歩、また一歩、神社へと登ってゆく。
恐怖に、悲しみに、不安に、そして体だけじゃなく心まで凍りつきそうなこの寒さに負けないために、何度も繰り返す言葉。
おにいちゃん待っててね。
その想いだけを足がかりにして少しづつ、ほんとうに少しづつ前へと進む。
誰の足跡もない坂道。
雪が隠したのではなく本当に通る人が居ないんだなって思える道。
あの角のタバコ屋のお婆さんは実は三途の川に居るという脱衣婆で、このへんはもう現世からはみ出した世界なんじゃないかとすら錯覚する。
一歩。
また一歩。
降る雪の量が次第に増えてゆく。私の前にも後ろにも積もってゆく。雪のそれぞれはとても小さいものなのに、どうしてこんなに重さを感じるのだろう……この雪の重さ、こっちに来てから何度も感じている。あとからあとから降り続ける雪は、私の足跡だけじゃなく私自身の痕跡すら、この世から消してしまうんじゃないかって思えるほど。
……あの日もきっと、この道を通ったのね。
それから……
それから?
私、どうしたんだっけ……私たち……
すぐ喉のところまで出掛かっているのに出てこない。
なんで?
なんで思い出せないの?
一歩。
また一歩。
近づいてゆく。
鳥居がだんだん近づいてくる。
そうよね。遠くからあんなに存在感を感じるくらいだもの。近くに来たらそりゃ大きいわよね。
最近塗り直されたのかしら。古さを全く感じさせない艶のある深紅がぱっくりと開かれて、まるで巨人の口のような鳥居。いまさっきなにかを呑みこんだかのように、その紅は湿度をもって見える。舌なめずりした直後のように。
あそこをくぐれば思い出せるのかしら。
……一歩。
……また一歩。
足取りが重くなるのは雪が深くなったせい……きっとそのはずなのに。この、私の足に絡み付くものはなに?
雪にただ足を取られるのとは違う、いやな痺れ。
でも私は負けない。おにいちゃんたちの手がかりを再び取り戻すまで。
ここからは石段。雪の中の石段を探り、足を滑らせないように強く踏みしめて。
……一歩。
……また一歩。鳥居はもうすぐ目の前。
……少しづつ、一歩づつ。
それでも。とうとう。
とても永い永い時間の経過を感じた末に、私は鳥居の真下に立ちはだかった。
「おにいちゃん……」
ふともれたことばに、誰かが返事を返したような気がして。私はふと背後へと振り向いた。




