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事件、そして

 「神隠し」ではじまった事件。

 結局、行方不明の子ども達は見つからなかったこと。警察はやがて捜査を打ち切り、世間を騒がせた大量行方不明事件は迷宮入りになったこと。その後、多くの人たちが被害者の家族同様にこの地を離れていってしまったこと。

 時間が経って土地の値段が下がり、そこへ新しい人たちが越してきた。

 商店街で昔からずっと残っているのはあのタバコ屋と、靖子さんのとこのパン屋さんだけ。街は新しくなったように見えるけれど、忘れた頃に噂がまた息を吹き返し、そのせいでなかなか活性化しないのだそうだ。

 

 私の指先がどんどん冷えてゆくのを感じる。それは寒さにではなく、悲しみと不安とで。血の気がひいてゆくの。

「んだから靖子ちゃんが戻ってきだのはね、驚き半分ありがたさ半分だぁ」

 昨日の靖子さんの曇った表情……だからだったのね……小さい頃のお友達が皆……。

「あらあら、これ」

 管理人さんの奥さんの手がふっと私の頬に触れる。あ、私、泣いている。慌てて袖で涙を拭った。

 

 私、靖子さんとちゃんとお友達になろう。ちゃんと、心からの。

 そして東京に戻ってからも、時々こっちに遊びに来るの。ホームパーティをしに!

 

「高野しゃんは優しい人だな」

 そ、そんなことないです……そう言おうとしたつもりが、言葉にならなかった。

「んだ。良い話もしてやらんとな」

 そう言って彼女はしわしわの顔にさらにしわを増やした。心に沁みる笑顔。

 良い話。

 悪いことばかりじゃない。

 それは、救い。

 私はいま言いようもない不安を抱える日々のすみっこで震えながら時間を過ごしているだけ。少しでもいい話があれば、きっと気持ちが紛れるわ。私はその「救い」となる話を彼女にせがんだ。

 

「おぼこがぁ一人、戻っだっけ」

「……え? ……助かった子が居たの? 神隠しのあとで?」

「んだんだ。ひとりだげだげどなぁ。翌日ひょっこりな」

「……ひとりだけ……」

「んども、あっちゅうまに越していったよ」

 ……一人だけ助かった子……そして、すぐに引っ越した……他の人は戻ってこない……

 そのときだったわ。

 急に、私の心の中に漂っていた影がひとつの姿にまとまりはじめたのは。今まで私を脅かしていた影。不安という名のシーツをかぶった「おばけ」の正体。

 それは残酷な真実。

 「おばけ」のふりをしていてくれたほうが、まだよかった。

 だって……正体……正体が見えなかった「おばけ」の時よりもずっとずっと怖い。

 長い間……ほんとうに長い間、無意識の闇に隠して考えないでいたわ。

 でも、これだけのピースが集まってしまうと、目を背けたくとも見えてきてしまうの。

 

 それ……私だ。

 小さい頃の私だ。

 

 ここに住み、えりちゃんと同じ小学校に通い、そして私のおにいちゃんや靖子さんのお兄さんたちと一緒に神社に行って、一人だけ帰ってきた子。それは私。

 そのときの私たちは……多分、かくれんぼをして。

 私だけ、助かった……

 ?

 当時の記憶、まだぼんやりとしか戻ってこない。戻ってこないことが余計に私の中の闇を広げる。だって「わからないこと」の向こう側って、わからないままのほうがよかったことな気がするんだもん。

 恐怖と不安が、そんな記憶を投げ出してしまえと耳打ちする。

 でも、同時に。

 思い出さなくちゃいけないって強い気持ちを持とうとしはじめている。

 残ったのは私だけだから。


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