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昔、あったこと

 ちょっと外に出るだけでも、つっかけじゃなく暖かい雪国仕様の靴を履く。今日のゴミはちょっと量が多いから傘は持てないし、その分ほかの防寒装備はしっかりと。お気に入りの黄色いダウンコートに袖を通す。

 黄色は私のラッキーカラーなの!

 

 外に出てすぐ白に塗りつぶされた世界が、自分の吐く息の白さの向こうでより真っ白にかすむ。

 真っ白い。

 私はもう一つ、はーっと息を吐いた。真っ白い。

 白い世界の中に居ると、私自身まで白くなってゆく気もするわ。

 

 共同ゴミ捨て場のところまで走っていったところで。管理人の奥さんにばったり会った。

 私や靖子さんのお母さんよりももう少し年配の方。老後はこうして一緒に居られる仕事って出来たらいいなぁ。

 

「具合はもういいの?」

 すっと傘を半分貸してくれる。

「は、はい。もう大丈夫です。その節は随分とお世話になって……ありがとうございます」

「んだんだ。あんまり無理するでねぇ」

「すみません……ありがとうございます」

「雪道は慣れたが?」

「あ、はい」

「あの神社さまさ、あんまり眺めねぇほうがええ。見てだら魅入られるでよ」

「……みいら……れる?」

 その言葉はズキンと、私に刺さった。

「んだよ」

 管理人の奥さんは、声をぐっとひそめる。

 

 周囲の雪の降る音が、妙に近くに聞こえる。

 しん、しん、しん、とその一降りごとに、この寒い大地の中に自分が閉じ込められてゆく、そんな錯覚さえ覚える。そして……間をおいて口が開かれた。

 

「……昔、神隠しがあったんだよ」

「かみ……かくし……?」

「んだ。ここいらのこどもたちだ。神社さまんとごさご機嫌さ損ねだに違ぇね」

 神社さまのご機嫌を損ね……あの神社?

「神社って、あの……」

 思わず口を出た言葉。でも、本当は聞くのが怖かった。

「んだ」

 

 あの神社。あの時観た白の中の紅い鳥居。雪女の唇に見えたあの鳥居が、ぎゅっと歪んで微笑んだように感じる。そして神隠し。

 足元がぐらつきそうになるのを必死に留まる。この話、ちゃんと聞いておかないといけない気がする。

 ……「遺体が残らなかったって」……親戚のその言葉が耳の奥にリフレインする。交通事故で遺体が残らないっておかしいよね。神隠しという言葉にひっかかった自分が居る。

 頭の中で「神隠し」という言葉がぐるぐるとまわり始める。

 

「ほれ、パン屋の靖子ちゃん、靖子ちゃんのあんやも神隠しにあっでな」

 あんや、って……お兄さん……靖子さんのお兄さんが……靖子さんにもお兄さんが?

「靖子ちゃんはまんだちゃっけかったからなぁ。覚えてないだろね。内緒にすんだよ」

 靖子さんは小さかった……靖子さんの年齢って、私よりもちょっとだけ下だったような。

「そんだけでねぇ」

 さらに話は続く。

 私は耳から流れ込んでくる話を必死に受け止めようとした。自分の中をずっと漂流していた違和感が、その話にすんなりと結びついてゆく。

 神隠しは靖子さんのお兄さんだけじゃなかった。一度に……何人も。その被害者の人たちの家族は、靖子さんのとこ以外はみんなこの町を出て行った……

 つのりゆく寒さの中、傘の中にこもるように響く恐ろしい物語……いや現実の事件を、ただただ黙って最後まで聞ききった。


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