苦笑いの母
ハテナがいっぱい浮かんでいる私の前に出されたのは指輪。
しかもダイヤモンドが六つの爪で固定されていたの。
確かにダイヤは私の誕生石だけどそれにしてはちょっと大き過ぎる……なんて動揺していたら、年明けに急に転勤することを告白されて。数年で戻ってこれるらしいんだけれど、せっかくだから一緒に来て欲しいって。
いつかはこの人とってそりゃ考えてはいたわよ。でもいざ奇襲で言われたりするとすっごい動揺して飲みかけのコーヒーこぼしちゃったりして。「それこぼしたの、OKの合図?」なんてジョークまで言われたし。
大きいのは石だけじゃないわね……あとでサイズも直さなきゃって言い返せたのがやっと。
もう、悔しい!
けど、嬉しい!
もちろんプロポーズは大歓迎で受けた。その転勤先が私が小さい頃住んでいた街ってとこにも、なんだか彼との運命的なものを感じてみたり。
もっともその街に居た頃の私はまだすごくちいちゃくて、ほとんど覚えていないんだけれどね。
あ、転勤先の社宅を単身用じゃなくファミリータイプで申請済って後から聞いて、ちょっと悔しかったのはナイショ。
で。大変なのはここから。私の退社手続きと、結婚式の準備、周囲への連絡と引っ越し準備。
正味二ヶ月ないのよ。式場の手配だけは彼が事前に仕込んでたみたいだけど、それ以外は……ああ、もう!
嬉しい悲鳴の私は感動にひたっている時間なんか全然なくて、ただもう忙しい日々をなんとか乗り越えていた。
で、式の準備と引っ越し準備と心の準備と全部同時進行。
そんな中で貴重な二人揃っての休日が、今日なわけ。
今のアパートってそんなに広くないはずなのに、いざダンボールに詰め始めてみるとあまりにも荷物が多すぎて。とてもじゃないけれど全部は持っていけない。
モノをあまり持っていない彼は自分の方の準備はさっさと終えて、私の準備を手伝いに来てくれている……と思ったら、持ってゆく荷物の量をチェックしてたみたい。
けっこう厳しくダメ出しされて、挙句の果てにさっき「これ以上はちょっと」なんて言われちゃったわ……これは最後の手段を使うべきね。
「一日待ってちょうだい。劇的に荷物を減らしてみせるから!」
「あはは。どうせ明日からは仕事で手伝えないし……期待しないで待ってるよ」
誰のせいでこんなに焦っていると思っているのよ。せめて半年くらいは時間がほしいわよ。
かくして私は友達のワゴンカーを借り、大量のダンボールを実家へと運び込むのであった……両親ごめん。
「なんだいこの子はまぁ……なんでもかんでも急なんだから。今日仕事はどうしたの?」
母が不機嫌なのには理由がある。実はまだ両親は彼に会っていない。いや正確にはプロポーズされる前に父と彼と三人で呑みに行った事はあるから、母だけが彼を写真でしか知らない。
あまりの慌ただしさの中でついつい身内を後回しにしちゃって、初顔合わせは来週の土曜日。
彼のほうは申し訳ないと予定を調整してくれたんだけど、父が「幸一君なら大丈夫。私たちは後回しでいいから」なんてカッコつけたせいで延び延びに。
そりゃ母は自分だけって怒るわけよね。
「今の仕事辞める前に、たまってる有給休暇でね……」
「あらあら。じゃあ、そのお休みで親孝行でもしてちょうだいな」
「えーっと。ほら、顔見せに来るのってば親孝行よね?」
母の大好物のモンブランをすっと差し出した私は、苦笑いされた。




