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四話

 中学は地元の公立だったが、辛くも合格うかった高校は、お決まりの電車通学だった。

 案の定というべきか、腐れ縁のヤマジと一緒だ。頭のレベルは、全体から見て中の下というところ。あの日、カミサマと絶縁した都合上、受験の時にも、神頼みなんて全く一切しなかったから、たくさんの不運がコンボのごとくに積み重なって、こうも不本意な結果に相成った、と、まあ、そういうことだろう。

 もっとも僕は、サッカーさえできれば、それでいい。なにせ、部員は女子にモテる。

 ちなみに、去年のバレンタインの戦歴は全部で三個というところ。母さんからもらった分は、もちろん、さっ引く。この中にはカウントしない。ヤマジなんかと同点なんていささか不満ではあるけれど、まだ一年だったから、まあ、あんなもんだろう。チョコの獲得数なんてものは、レギュラーとって活躍すれば、ジリジリあがるものなのだ。

 もっとも、根回しは不可欠だが。

 

 そんな僕だが、好意を持ってくれる女の子が現れた。同じクラスのサトコちゃんだ。クルクル巻き毛でよく笑う、明るい、ひまわりのような女の子。

 中学の時にもそうだったが、部活なんかでがんばっていると、あんまり知らない女の子から告白こくられることが、ままあるものだ。

 ちなみに、うちの学校は、元が男子校だったから、女子は未だに少なくて、男子の三分の一しかいない。よって、とても貴重な存在だ。

 サトコちゃんに返事をすべく、水泳の授業の自由時間に、プールの端っこに手招きで呼んだ。放課後、校舎の裏でひっそりと──とかのシチュエーションは重いから。

 僕は「悪いけどさ──」と切り出した。せっかくの告白だったが、結局断ることにしたのだ。

 サトコちゃんは驚いたように目をみはり、そして、健気に首を振った。

「ううん。こっちこそ、ごめんなさい。──あ、わたしなら大丈夫よ。この話は忘れて」

 ……ああ!? ごめんね、サトコちゃん!

 無理して笑う顔が痛々しい。オレって、なんて罪なヤツ──!

 ひょい、と頭が、横から突然割りこんだ。ぬっと出てきたノッポのニキビが、もっともらしく、ちっちっち、と指を振る。

「ああ、ダメなんだよなあ~サトコちゃん。前にこいつ、女にこっ酷くフラれたことがあってさあ。それ以来、そっちの方はからきしで──」

 おや。

 誰かと思えば、前に口をすべらしたヤマジ君ではあーりませんか。

「──なあ、コウヘイちゃん?」

 ヤマジのお調子者(あほ)がニヤけて脇腹を小突いてきたから、速やかにプールに沈めてやった。何か言いたそうなサトコちゃんに「じゃあ、そういうことだから」と声をかけ、僕はそそくさ背を向ける。

 苛々した。

 もちろん、僕だって、女の子は嫌いじゃない。いや、実を言えば、とっても好きだが、アヤちゃんとの思い出は、もっと深い場所にある。ヤマジが茶化して冷やかしたように、イヤラしく括られるのは嫌だった。

 踏み出す足に、進む体に、水の抵抗を感じつつ、ムシャクシャしながら、その場を離れた。 

自由時間の歓声が耳についた。

 陽を弾いてきらめく飛沫、女子のふさげ合う笑い声。サトコちゃんに返事をするのに、にぎやかな場所を選んだのには、重いシチュエーションが苦手だからという他に、もう一つ大きな理由があった。

女の子に泣かれるのは嫌だった。

 無論、サトコちゃんは嫌いじゃない。顔だって可愛いし、彼女のファンだって密かに多い。でも──

 沈めた水底から復活し、ヤマジが「なに怒ってるんだよー?」と首をひねって追ってくる。僕は構わず、向こう岸で手を振っている仲間の方に戻りかけ、ふと、足を止めた。

 プールに張られた透明な水が、ゆらゆら青く光っていた。歪んだ水底の足元には、コースを区切る白いライン。くっきり青い夏空を仰げば、むくむく盛りあがった入道雲が、いやに立体的に浮いている。

 むき出しの肩に、腕に、真夏の太陽が照りつけた。ジリジリと。強烈に。

 もう、すぐに夏休みだ。僕みたいな学生にとって、夏は魅力的な季節だろう。休みは長いし、好きなことができる。キャンプ、バーベキュー、輝くビーチ、そして、水着のお姉さん。でも、僕は、もっと穏やかで優しい季節の方が好きだ。例え土手の吹きさらしで、木枯らしが顔に吹きつけても。

 そういえば、あれ以来、あの土手に行っていない。今の今まで、そんなことすっかり忘れていた。部活も結構ハードだから、ヘトヘトになって帰宅するのは大抵夕方、というより夜だったし。いや、あんな何もない場所に、そもそも用なんかないんだし──

 ただ、毎年、春になると、気分がなんとなくそわついて、あの土手がある方角が、何故かやたらと気になった。理由はよく分からない。

「──でも、一人で行っても仕方ないし」

 何か重大なことを、忘れている気がした。


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