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第四話

 教室の中の机や、椅子たちは吹き飛ばされたようにそこら中に倒されていたり、壁によりかかっていたりしていた。

 律が脚をバタバタして、教員たちを蹴るにつれて教員たちは後ろに下がり、後ろに、すでに倒れている椅子たちが下がる。


「律ッ!」

 腕は強く掴まれた跡で赤くなり、爪の下には教員たちの腕から剥いだ血肉があった。

 三人の男につかまれても、最初はて抵抗し続けていたものの、俺を見るとすぐに顔色を変え、動きが少し緩くなった。

 すると、ガタイのいい教員がその瞬間に律の顔を手で覆い、後頭部を窓に強くたたきつけた。

「暴れるのをやめ――」

「もうやめたんだ! 先生!」 


 子供に暴行を加えられ、咄嗟に声を出してしまった。

 律はそのまま地面に倒れ込み、後頭部を手で覆いながら地面を見つめた。

 そのころには、教員たちも彼を掴むのをやめた。

「暴れるお前の息子が悪い。最初から教育しなおせ、そいつはお前の駄作だ」

 

 ガタイのいい教師は、そのまま俺を通り過ぎて教室を出ていった。

 他二人の先生黙って律と、俺を交互に見つめていた。

「何があった」

 俺はできるだけ冷静に聞いた。

「律が――」

「いや、ごめんなさい。俺は息子から話を聞きたい、教師たちからではない」


 俺はそう言って息子に近づき、後頭部を撫でる手をどかそうとしたが、彼は力を入れた。

「見せてみろ」

「…」

 上を向き、窓を見ると、ヒビができていた。

 ヒビの間には、少量の血がにじんでいた。

「破片が頭の中に入ればここで死ぬことになるぞ律」

「黙れよ、お父さんじゃないくせに」


 これまで、律を本物の息子として扱ってきたが、俺は所詮継父だ。

 実の父親じゃない。


「律を…保健室で診てから話を聞いてもいいかな?」

 俺は振り返って、俺たちを見て立ち尽くす教師に話しかけた。

「相手の父親は、お金を求めてます、そちらを先に解決してみては…」

「息子を、診てくれと言っているんだ」

「あなたの息子は人を刺しました、ただ事じゃないんです。なぜそんなに落ち着いて話ができるんですか高橋さん?」

「お前たちが落ち着いていないからだ。相手の親とは、話すから。大丈夫」

「…わかりました、では、律君を保健室まで……」


 俺は律を立ち上がらせ、肩を持ちながら保健室まで連れて行った。

 階段を下がり、廊下を歩き、教師たちの視線を通り過ぎる。

 

 みんなが、驚きと、恐怖に包まれた顔で俺たちを見ている。

 でも、特に律を見る目は違った気がした。

 犯罪者を見るような、化け物でも見るような、軽蔑する目だった。


 地面を睨み込みながら、そんな視線を無視した。

 左に曲がり、保健室に入ると非常に酒臭かった。


 鉛筆を背中に刺された生徒はさっきと違って、声をあげずに座って待っていた。

 後ろには保健室の先生が状況を見て、ひとりごとを言っていた。

 壁に背中をよりかけ、場を静かに、でも威圧的に見ていたのはその子供の父親だった。


 子供が俺と、律に視線を向けると、すぐに睨み込み始めた。

「ザマぁ見ろよ糞野郎」

 子供が、小さくつぶやくと、律はそれを無視して近くの椅子に座った。


 俺は律の隣で、彼の頭をみた。

 あまり深刻なものではないが、見たほうがいい。

 頭の皮膚は特に血管が集まる、ちょっとしたかすり傷でもすぐに出血する。


「来たのかよ」

 全員が、俺たち二人を睨み殺すような雰囲気だった。

 部屋の中はやけに暑く、鼻にツンとくる臭いが広がっている。


「…お父さん、さっきはごめん」

「大丈夫だ。落ち着いて、あとで話をきちんと聞くからな」

「うん」

 律と、ささやくように小さな声で会話をしてから俺は立ち上がった。


 保健室内を調べ上げて、絆創膏かアルコールを探した。

「アルコールは?」

 ありそうな場所を探してもどこにもない。

 タンスを開けても出てくるのは書類ばかり。

「全部使った」

「…?」

「全部使った、西田君の背中に」

「馬鹿なのか? 傷を消毒するのにそんなに使うはずがない、それにさっき持ち出してたウィスキーは何だ? あれも全部使ったのか? 保健室の先生は医療についての知識を持ち合わせていないのか?」

 俺は背中を診ている先生の方をむいて、そういうと先生は俺を無視するように背中ばかりを診ていた。


 苛立ち。

 すべてが苛立ちから始まる。

 使えないカスの集まりが何かをしようとしても他人のせいばかりにしていた。

「救急車はどこなんだ、呼んだんじゃないのか」

 口の端が、上がらなかった。

 目はぴくぴくして、まるで震えるようだった。


「呼ばないことにした、鉛筆は――」

「ならさっさとその鉛筆を抜いたらどうなんだッ!?」


 咄嗟に体が動き、生徒まで走るように近づき背中の鉛筆を片手で握ってそのまま抜いた。

「ほら簡単じゃねぇか!?」


 大量の血が、生徒の穴の開いた背中から噴き出るように出て、女性の教員が絶叫する中で、子供の親は腕を上げて、俺の顔を殴りつけた。



 一時間経ったところだろうか。冷たい病院のライトに頭を照らされながら廊下で息子と一緒に座っていた。

 彼の頭には包帯が巻かれていた、静かに地面を見つめて手を合わせる律が、俺に似ていると思った。


 早い動きで殴られ、目を閉じることもできなかった俺は、角膜という、目の膜に傷がついたようだ。

 眼帯をつけられ、安静にしろと言われた。

「あの人ボクサーなんだよ」

 律がつぶやくように、地面を見ながら言った。

「ボクサー? 誰が」

「西田君のお父さん、元ボクサーなんだよ」

「…」


 そのくせして、血を見ると吐くんだな…


 息子の表情が、よく見えなかった。片目がふさがれ、視力が落ちたようだ。

「あの鉛筆はなんだ、細工されてたじゃないか」

 律の方に頭を向けて、俺は彼に聞いた。

「…」

「何も言うことはないのか。」

 つばを飲み込んで、青白い廊下で返事を待った。


「幼稚園が、一緒だったんだ。西田君とは」

「あぁ」


 彼が幼稚園の頃は、俺はまだ、彼の継父じゃなかった。


「お父さんが、本物のお父さんじゃないことをバカにしてきたんだ」

「だからって刺すことは…」

「昔からそうなんだ、いやな奴で不満がたまってた。だから…」

「だから刺した? 暴力は解決にならない、律」

「でも、解決したじゃないか! お父さんが西田君の背中の鉛筆を抜いてなければあいつらは”騒ぎを起こしたくない”から救急車を呼ばなかったんだよ?!」

「あぁ」


 言葉が詰まった。

 息子なのに、何も言い返せない。自分が恥ずかしい。


 なんだか、気分も悪かった。病院は好きじゃない、薬と、死の臭いがする…暗い場所だ。

 手を膝に置いて、そのまま立ち上がった。

「律、帰ろう」

「…西田君は? あいつのお父さんも話がしたいとか言ってたから待ってるんだよ」

「逃げればいい」

「え?」

「面倒くさいんだろう、なら逃げればいい。刺したお前が悪いが、俺を殴りつけたあいつも、お前の家族をバカにしたあいつの糞息子も悪い」


 顔に笑みを浮かべて、息子に手を差し伸べた。

「さっさと出よう、律」

「うん…」

 手をつかみ、彼を立ち上がらせ、二人で廊下を歩き始めようとしたとき


「西田くん、変なこと言ってたんだ」

 また、律が下を向いてしゃべっている。

「なんだ」

「お母さんが、お父さんとは違う男と外で歩いてるのを見たことがあるって」

「…」


 久美子には、弟がいる。

 多分それだろう。


「大丈夫、たのおおじさんを覚えてるだろ? 多分おじさんだ」

「わかった」

 

 廊下を二人で進むにつれて照明の下を通る、明るくなり、暗くなり、そしてまた明るくなった。


「スーパーに寄らないか律」

「……甘い物?」

「粒状の、チョコレートを」


 

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