表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

第10話:機械神の影

 砂漠に出た二人を迎えたのは、容赦のない白い陽光だった。

 砂は鏡のように光り、

 遠くには、砂に半ば埋もれた巨大な機械神の残骸が、墓標のように並んでいる。


 ナギは風向きを読みながら歩を進めたが、背後の足音が次第に乱れていくのに気づいた。


「……ルミナ?」


 振り返ると、彼女の汗が止まっていた。

 文明育ちの身体は、砂漠の熱に耐えられない。

 危険な兆候だ。


 次の瞬間、ルミナの膝が崩れた。


「ルミナ! 大丈夫?」


「もう……だめ」


「ほら、背中に乗りな。おぶってやる」


 ナギは駆け寄り、そのまま背に担ぎ上げた。

 背中に触れた彼女の身体は、異常なほど熱い。

 汗は出ていない。危険な兆候だ。


 しばらく歩いたが、ルミナの腕は力なく揺れ、呼吸は浅く速い。

 このままでは命が危ない。


 ナギは周囲を見渡し、近くの巨大な影へ向かった。


 陽光が機械神の残骸に反射し、砂漠全体を白く輝かせる中、

 影だけが唯一の安息所のように黒く横たわっていた。


 影に入ると、ナギはルミナをそっと砂の上に寝かせた。

 砂を掘ると、下の層はまだ冷たかった。そこへ彼女の身体を移す。


「ルミナ、聞こえるか。口を開けてくれ」


 返事はない。

 唇は乾き、呼吸は弱い。


「……パフ、水を少しもらうよ」


 〈アクア・ステラ〉を持ち上げ、ナギは手のひらに少量の水を受けた。

 そして、ルミナの顎に触れ、そっと口を開かせる。


「ルミナ……飲んで」


 水を流し込むと、ルミナの喉がかすかに動いた。

 その一度の動きが、ナギには救いの兆しに思えた。


「パフ、アクアステラの水温を下げられるか?」


「やってみよう」


 球体の中の水が、ふっと冷たさを帯びる。

 ナギはそれをルミナの脇にそっと当てた。

 熱を帯びた肌が、わずかに震える。


「冷たい」


 ナギは自分の布を裂き、首元や額に巻いて熱を逃がす。

 影の中で、彼はただ黙々と彼女の体温を下げ続けた。


「パフ、彼女を見てて。少し探してくる」


「探すって、何をだ?」


 ナギは答えず、影の外へ歩き出した。


 ルミナは、朦朧とした視界の中でその背中を追った。

 ナギの背中は、砂漠の灼熱がつくる蜃気楼の揺らぎの中で、

 ゆっくりと遠ざかっていった。


 ルミナの胸の奥で、理由のない焦りが膨らんだ。

 ナギが離れていく――ただそれだけのことが、

 砂漠の熱よりも恐ろしく思えた。


(……行かないで……ひとりにしないで……)


 声は喉の奥で溶け、指先は砂に沈むだけだった。


 影の外へ出たナギは、砂に半ば埋もれた機械神の胴体へ向かった。

 陽光を浴びた金属は白く光り、触れれば焼けるほど熱い。


 ナギは装甲の表面を手で撫でた。

 金属は分厚く、縁は滑らか。

 砂の上を滑らせるには、ちょうどいい。


「……これなら、彼女を運べる」


 ナギは膝をつき、装甲の継ぎ目に指をかけようとした。

 だが、金属は砂と錆で固まり、びくともしない。


「頼む……アーク様、力を貸してくれ」


 義手の指先を継ぎ目に深く押し込み、全身の力を込めて引き剥がす。

 金属が軋み、砂がぱらぱらと落ちる。


 ――だが、外れない。


 ナギは歯を食いしばり、さらに力を込めた。

 義手の内部でピストンが激しく脈打ち、白い蒸気が吹き出す。


 ――駄目だ……動かない。


 汗が義手との継ぎ目を伝い、砂に染み込む。

 指先が痺れ、肩が悲鳴を上げる。


 ナギは一度、深く息を吐いた。

 そして、ルミナの乾いた唇を思い出す。


「はぁ……はぁ……ルミナを……助けるんだ……!」


 叫びとともに、アークの腕が火花を散らすほどの力を発揮した。

 継ぎ目がわずかに浮き、砂がぱらぱらと落ちる。


 ――バキィッ!


 続いて、地面を震わせるような鈍い衝撃音。


 ズズンッ!


 外れた装甲片が、重力に引きずられるように砂へ叩きつけられた。

 乾いた砂が爆ぜ、白い砂煙がふわりと舞い上がる。


 ナギは反動で尻もちをつき、荒い息を吐きながらも、

 砂に半ば埋まったその装甲を両腕で抱え込んだ。


「はぁ……よし。これで……ソリが作れる」


 息は荒く、義手は過熱で赤く染まっていた。

 だが、ナギの目には迷いも後悔もなかった。


 * * *


 影の中で、ルミナは薄く目を開けた。

 ナギの姿はない。


(……置いていかれた……?)


 そんなはずはない、と頭のどこかで分かっている。

 けれど、熱に焼かれた思考はまとまらず、

 ただ“ひとりになる”という恐怖だけが、

 砂のように静かに積もっていった。


 * * *


 ナギが装甲片を抱えて影へ戻ろうとしたときだった。


 ――カサ……。


 砂の表面が、風もないのに小さく震えた。

 最初は熱の揺らぎかと思ったが、

 その震えは一定のリズムで、こちらへ向かってくる。


「……砂蠏か? 丁度いい」


 砂の下で、何かが横に滑るように動く。

 小さな影が、砂粒を押し上げながら近づいてくる。


 ナギの義手が、装甲片の縁に触れて金属音を立てた瞬間――


 砂がふくらみ、小さな甲殻が飛び出した。


 甲羅はガラス質で、陽光を受けて青白く光る。

 大人の砂蠏ほどの迫力はないが、

 子供でも砂漠では十分に危険だ。


「よし……逃げるなよ」


 ナギは装甲片をそっと地面に置き、

 砂蠏の動きを読むように腰を落とした。


 砂蠏は警戒しながらも、義手の金属音に引き寄せられるように近づいてくる。

 砂を泳ぐように、素早く、滑らかに。


 ナギは息を殺した。

 砂蠏の子は小さくとも、爪は鋭い。

 一瞬の隙を突かなければ、砂に潜って逃げられる。


 甲殻が陽光を弾き、青白い光が砂に反射した。


 ――今だ。


 ナギは砂に手を突き込み、

 砂蠏の甲羅の縁をがっちりと掴んだ。


 カシャカシャ――


 砂蠏の子は小さな爪を振り回して抵抗するが、

 ナギは腕力で押さえ込み、ツタを素早く巻きつけて固定した。


「悪いな……ルミナを運ぶ力を貸してくれ」


 砂蠏はしばらく暴れたが、

 やがてツタの締め付けに観念したのか、

 砂の上で小さく震えるだけになった。


 ナギは装甲片を引き寄せ、

 砂蠏の甲羅に縄を結びつける。


「よし……これでソリが引ける」


 影のほうでは、ルミナが微かに身じろぎした。

 その小さな動きが、ナギの背中をさらに急がせた。


 ナギが影へ戻ると、

 砂蠏の子を縄で引きながら歩いてくる姿に、

 パフが目を丸くした。


「な、ナギ……それ、まさか……砂蠏の子じゃないか?」


「子供だ。大人ほど力は強くないが

 こいつにソリを引かせる」


 パフは球体を揺らしながら、信じられないというように光を震わせた。


「よく捕まえられたな……普通は砂の中に潜って逃げるのに」


「義手の金属音に寄ってきた。運が良かっただけだ」


 ナギは淡々と言いながら、ルミナのもとへ歩み寄った。

 ルミナはまだ意識が朦朧としているが、

 ナギの影が近づくと、わずかにまぶたが動いた。


 影の縁にナギの影が差した瞬間、

 ルミナの胸の奥で何かがほどけた。


(……帰ってきてくれた……)


 その安堵は、熱に浮かされた身体には

 涙のように甘く、重かった。



 ナギは剥がしてきた装甲片を砂の上に置き、

 砂蠏の子の動きを見ながら、手早く縄を結び始めた。


 装甲片は分厚く、縁は滑らかで、

 砂の上を滑らせるにはちょうどいい形をしている。


「パフ、ルミナの体温はどうだ」


「まだ高い……でも、さっきよりは安定してきた」


「なら急ぐぞ。日が暮れたら……砂虫が出る」


 ナギは縄を締め、砂蠏の甲羅にしっかりと固定した。

 砂蠏の子は不満げに足を動かしたが、

 ナギが甲羅を軽く叩くと、静かに身を沈めた。


「よし……行ける」


 ナギはルミナをそっと抱き上げ、

 装甲の上に寝かせる。

 砂の冷たさが、彼女の熱を少しだけ奪っていく。


 パフが心配そうに光を揺らした。


「ナギ、本当に昼のうちに越えられるのか?」


「越えるしかない。

 日が暮れたら……あいつらに囲まれる」


 ナギは砂蠏の子の縄を握り、

 影の外へと一歩踏み出した。


 砂漠の白い光が、

 三人と一匹の影を長く伸ばした。


「行くぞ。なんとしてでも昼のうちに砂漠を超える」


 砂蠏の子が砂を蹴り、

 即席のソリが滑り出す。


 昼のうちに砂漠を越えるための、

 静かで必死な旅が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ