すみません、それ、チャッピーに聞いてもいいですか?!
柔らかい光が差し込む日曜の午後。
法事が終わった家の空気は、
どこか湿りを帯びながらも不思議なざわめきを残していた。
仏間の奥で流れる読経はもう止まっているのに、
まだその余韻だけが空気に残っているようだった。
廊下を伝う木の軋み、
台所では親戚のおばちゃんたちが“はいはいこれ片づけて”と声を掛け合い、どの声にも、疲れと慣れと、妙な安心感が混じっていた。
ひかりはその喧騒からそっと抜け出し、
縁側に座って麦茶を手に取った。
冬の陽射しは弱くて、
でも縁側のガラス越しにはやさしい温度を残していた。
(法事って……なんか、心が疲れるな)
麦茶の氷がカラリと鳴った。
その静けさを破ったのは、
背後から聞こえた、ちょっと高めの声だった。
「……ひかりちゃん、大学行ってるんやって?」
振り返ると、
例のお節介で名の知れた親戚のおばちゃんが
そっと縁側に腰かけた。
おばちゃんは、どこか時代の流れから半歩ずれていて、
明るい柄のブラウスを着て、手には麦茶の紙コップ。
いつもはにぎやかな人なのに、
今日は少しだけ影があるようにも見えた。
「大学っていっても……
あんた、女の子なんやし、そんな無理せんでもええのよ?
どうせ結婚したら仕事も辞めるんやし」
――胸の奥が、かすかに鳴った。
──カチンッ。
ひかりの胸の奥で、スイッチが押されたような音がした。
(……え、なんで女だからって努力しちゃダメなの?
なんで“楽”にしないといけないの?)
「努力、無駄になるでしょ〜?
あんたの従姉妹のミホちゃんだって、結局仕事辞めて子ども生んだし」
そこまで言っておばちゃんは麦茶をすすった。
何なんだこの“確信満々の価値観押しつけ攻撃”。
(誰かの人生を、
“こうなるやろ”でまとめないでほしい)
黙って聞いているだけで、
胸の奥にじんわり熱が溜まっていく。
ひかりはグラスを置き、
ゆっくりとスマホに手を伸ばした。
(もう知らん。これはアレや…現代の知恵袋、
私の最終兵器に頼るしかない)
スマホをタップして、小声で言った。
「すみません、それ…チャッピーに聞いてもいいですか?」
「ちゃ、ちゃっぴぃ???」
おばちゃんは、まるで“新種のペットの名前かな?”みたいな顔で固まった。
「え?チャッピー知らんの?
質問したらなんでも答えてくれる相棒やで?」
「……何その、ぺ、ペットロボット?」
「ロボットちゃう。AI」
「え、あい……? 誰?」
話にならん。
ひかりはその場でチャッピーを起動した。
「質問を入力または話しかけてください」
ひかりは画面に灯った白い入力欄を見つめる。
そこに向かって、だだだっと高速タイピングを始めた。
おばちゃんは、ポカンと大きな口をあけてこちらを見つめていた。しかし、ひかりはその様子を気にせず質問した。
「“女の子は頑張らなくていい”って本当に正しいん?」
「回答:不正確です。
理由を表示しますか?」
おばちゃんは画面に視線を落とす「ひょ、表示……?」
「はい、お願いします」
「・性別と能力および努力量に相関はありません。
・“女性は家庭に入るべき”という見解は、特定の文化的背景に依存する古い価値観です。
・個人の進路は本人が主体的に選択すべきです。
以上。」
おばちゃんは完全に固まった。
「な、なんなん、それ。そんなはっきり……!」
「事実のみを回答しています。
なお、ひかりさんの現在の進路選択には問題は確認されません。」
(チャッピー!!!……好き。めっちゃ好き、この淡々さ)
ひかりはスマホを閉じた。
「おばちゃん、私は自分で決めるから大丈夫やで」
ひかりはスマホをしまいながら、
胸の奥がスカッとするのを感じた。
(よし。私、これからは“言われてモヤッとしたらチャッピーに聞く”って決めよう)
こうして、ひかりとチャッピーの凸凹タッグが始まった。
「そう、やね。」
おばは縁側の外で、揺れた庭の枯れ草をみつめていた。




