第九十七章 影との初接触
夜の闇は、アパートを包み込むように静まり返っていた。
外の街灯の光は微かで、影の輪郭を際立たせるには十分すぎるほどだった。
奈々はベッドに座り、手元のリボンを握りしめながら震えていた。
「ユキ……まだ来るの……?」
由紀は窓のカーテンの隙間から外を見つめ、冷たい風に混ざる微かな足音を聞き取る。
「来てる……確かに来てる。でも、まだ距離はある」
しかしその言葉にも、胸の奥には緊張が収まらない。
***
アパートの外、黒い影が静かに窓の近くまで忍び寄る。
仮面の人物は慎重に足を運び、通りの明暗を利用しながら二人の動きを観察する。
「光を持つ者か……だが、逃がすわけにはいかない」
低く呟き、影は手元の暗闇に指先を滑らせる。
その瞬間、窓ガラスに微かな振動が伝わる。
由紀はすぐに反応し、奈々の肩を抱いて身をかがめる。
「奈々、動くな!」
影は一瞬、窓越しに姿を現した。
黒い仮面と鋭い目、そして冷たい空気を漂わせる存在感。
奈々は恐怖で声を上げそうになるが、由紀の手が強く握りしめる。
「大丈夫、目を逸らすな……!」
***
影は窓の外で一瞬止まり、二人をじっと観察する。
光に包まれる二人を前に、仮面の人物は微かに指先を動かし、心理的圧力をかけてくる。
「逃がさない……必ず……」
その低い声は聞こえないが、視線と空気で二人に直接伝わる恐怖だった。
奈々は涙を浮かべ、リボンを握りしめる。
「ユキ……怖い……」
由紀は肩に手を置き、囁く。
「怖いのは当然。でも、光を忘れるな。私たちはここにいる」
***
影は数秒の間、窓の外で停止した後、さらに距離を詰める。
足音は最小限に抑えられ、夜風に紛れながら窓の外を滑るように移動する。
アパート内の空気が張り詰め、二人の心拍が増す。
由紀は深呼吸をし、奈々に指示を出す。
「窓から目を離さないで。影がどう動くか確認しよう」
奈々は小さく頷き、リボンを握る手にさらに力を入れる。
影は一瞬、窓の鍵を確かめるように手を伸ばした。
それは明確な接触の兆しであり、心理的にも物理的にも二人を脅かす行為だった。
しかし、ドアは確実に施錠され、窓も頑丈に閉ざされている。
***
窓越しに伝わる冷気と視線。
影は去ることなく、通りの闇に溶け込みながらも、二人を見守り続ける。
その存在は、地下室での恐怖が現実世界に持ち込まれたことを示していた。
奈々は由紀の肩にしがみつき、震えながら囁く。
「ユキ……もう終わったわけじゃない……」
由紀は力強く頷き、リボンを握る手をさらに強く握る。
「うん……でも、光がある限り、私たちは負けない」
光と影。
安堵と恐怖。
安全な拠点での生活はまだ続くが、仮面の人物の接触が具体化し、二人に新たな心理戦と緊迫を突きつけた。
夜風に揺れるリボンの光は、二人の希望と決意を象徴する一方で、影は確実に次の一手を待っていた。




