第八十八章 対峙
地下室の奥。由紀は足を止めた。
目の前には奈々がいた。小さく肩を震わせ、怯えながらもリボンを握りしめている。
その隣に、影がうねるように立ち、仮面の人物の姿が重なって見える。
「……奈々……!」
由紀は声を震わせ、駆け寄ろうとした。
しかし影が低く唸り声をあげ、進路を遮った。
「来るな……」
声はかすれ、怯え混じりでありながらも威圧感を放つ。
由紀は決意を固め、足を踏み出した。
「奈々を……連れて帰る!」
その瞬間、仮面の人物がゆっくりと手を上げる。
白衣の袖からちらりと血の跡が見え、冷たい瞳が由紀を射抜く。
「それが……お前の選択か」
低く響く声は、闇を震わせた。
影が揺れる。
まるで、仮面の人物の意思に従っているかのように蠢き、由紀の足元を絡め取ろうとする。
「やめて……!」
奈々の声が震え、由紀の胸を貫いた。
由紀はリボンを強く握りしめる。
微かに光が放たれ、影の形が揺らぐ。
「行け……」
リボンの光が、奈々を救う道を示しているように見えた。
***
その時、被害者は病室で再び幻視を体験していた。
鉄格子の奥で、奈々が仮面の人物に捕まる光景が鮮明に蘇る。
「ユキ……!」
被害者は声をあげ、手を握りしめた。
心の奥で、由紀と奈々が同時に行動していることを感じた。
影が揺らぎ、仮面の人物の体が震え始める。
「……なぜ……こんな……」
声は不自然にかすれ、冷静さを失いかけていた。
由紀は奈々に手を伸ばす。
その瞬間、影が二人の間に立ちはだかる。
黒くうねる腕が由紀の手を阻もうとする。
しかしリボンの光が腕を照らし、影は苦しげに呻く。
「ここで……逃がすわけには……」
仮面の人物が低くつぶやく。
由紀は踏み込む。
リボンの光が壁や床に反射し、影の輪郭をかき消す。
「奈々、手を取って!」
奈々は震える手を由紀に差し出す。
その瞬間、仮面の人物が一歩前に出る。
「やめろ……絶対に……戻せない……」
声は叫びであり、恐怖でもあった。
影が暴れ、床や壁に叩きつけられる音が響く。
しかしリボンの光がその輪郭をさらに薄め、影は次第に形を失っていった。
奈々の声が、地下室全体に広がる。
「ユキ……ありがとう……」
由紀は奈々の手を握り、目を離さない。
仮面の人物は一瞬たじろぎ、冷たい瞳が光を失った。
「……これで……終わり……ではない……」
声は震え、影とともに奥の闇に消えていった。
***
地下室に静寂が戻った。
奈々は由紀の胸に顔を埋め、小さく泣いていた。
「助かった……ユキ……」
由紀は優しく抱きしめる。
リボンの光が微かに消え、代わりに奈々の存在が現実のものとしてここにあることを示した。
しかし、地下室の奥深く、微かに揺れる影と、仮面の人物の不気味な気配が残ったままだった。
それはまだ、物語の終わりではないことを告げていた。




