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『見えない鎖』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第八十三章 扉の前で


 鉄の扉の前に立つ由紀の手は、震えていた。

 南京錠の冷たい金属が、皮膚を刺すように冷たい。

 懐中電灯は消えたまま。頼れるのは、ポケットの中で淡く光る奈々のリボンだけだった。


 影はなおも彼女の前に立ち塞がっていた。

 「開けるな……まだ早い……」

 囁く声は低く、しかしどこか必死だった。


 由紀は息を整え、問いかけた。

 「――あなたは、誰?」


 影は答えない。

 ただ、苦しげに肩を揺らし、存在そのものが揺らいでいるように見えた。

 まるで、そこに立つこと自体が限界であるかのように。


 「私を止めたいの? それとも……導いているの?」

 由紀の問いに、影の輪郭が一瞬だけ濃くなり、そして薄れる。

 答えの代わりに、影は背後の扉を振り返った。


 由紀は確信した。

 ――この扉の向こうに、真実がある。


 南京錠を両手で握る。

 しかし硬く錆びついており、簡単には外せそうにない。

 ポケットの中で光るリボンが、じりじりと熱を帯びた。


 そのとき。

 頭の奥に声が響いた。

 「……開けて」

 それは奈々の声だった。


 由紀は目を見開き、影を見据える。

 「聞こえるの? 奈々の声が」


 影は震え、何かを訴えようとした。

 だがその瞬間、地下室全体が揺れた。

 天井から埃が降り、壁の血痕が波打つように蠢く。


 「時間がない……」

 影はかすかにそう呟いた。


 由紀はポケットからリボンを取り出し、南京錠に押し当てた。

 光が走り、錆びた金属が熱に溶かされるように変形していく。

 そして、重い音を立てて錠が外れた。


 鉄の扉の奥から、冷たい風が吹き出した。

 それは血と薬品の匂いを混ぜ合わせたような、吐き気を催す臭気だった。


 影は両手を広げ、扉の前に立ちはだかった。

 「戻れなくなるぞ……!」


 由紀は震える足を必死に踏み出した。

 「戻るつもりなんてない」


 ***


 同じ頃。

 被害者は夢の中で、再び奈々と向き合っていた。

 奈々の姿は、以前よりもはっきりと見える。

 青いワンピース、血に染まった足元、そして悲しみに満ちた瞳。


 「奈々……あなたが、導いてくれているの?」

 問いかけに、奈々はうなずいた。


 「でも……」

 奈々の声は震えていた。

 「全部を思い出したら……あなたも危ない。あの人は許さないから」


 「あの人……?」

 被害者が言葉を繰り返した瞬間、背後に冷たい気配を感じた。

 振り向くと、あの“影”が立っていた。

 現実の由紀が地下室で見たものと同じ、黒い人型の輪郭。


 影はゆっくりと近づき、手を伸ばす。

 その手が触れた瞬間、奈々の姿がかき消されそうになった。


 「やめて!」

 被害者は影に向かって叫び、必死に奈々の手を掴んだ。


 奈々の声が再び響く。

 「お願い……扉を開けて。あの奥に、私たちがいる」


 壁の向こうから、子どもたちのすすり泣く声が聞こえてきた。

 その声は次第に重なり、ひとつの叫びとなる。

 「見つけて――!」


 被害者は目を見開き、現実へ引き戻された。

 全身汗に濡れ、荒い呼吸が止まらない。

 けれど、胸の奥に確かな確信があった。


 ――奈々は生きてはいない。

 しかし、まだここに囚われている。


 そして、その声は由紀と確かにつながっていた。


 ***


 地下室。

 鉄の扉がゆっくりと開いていく。

 影は苦しげに呻き声を上げ、形を保てなくなっていた。


 由紀は深く息を吸い込み、暗闇の奥へ足を踏み入れる。


 そこから先は、もう後戻りできない道だった。

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