第八章 点と点
夜の新宿署捜査一課の会議室には、古い蛍光灯の唸り声がこだましていた。
机の上に広げられた資料には、家出少女の顔写真が並んでいる。十代前半から後半、いずれも繁華街で姿を消した少女たちだ。
相沢美咲は、その中の一枚を指先でなぞった。
十二年前に失踪した少女――父親が捜索願を出し、数か月間、必死に探し回ったものの、結局は手がかりが途絶えたまま時効寸前の「未解決」に分類された案件。
だが彼女の直感は告げていた。あの事件はまだ終わっていない。
「相沢さん、またその事件ですか?」
若手の巡査部長が苦笑気味に声をかける。
「十二年前ですよ。生きてる可能性なんて、ほとんど……」
相沢は手を止め、鋭い目を彼に向けた。
「“ほとんど”と“ゼロ”は違う。私はゼロだと断定できない限り、諦めない」
彼女は半グレ組織の情報ファイルを机に広げた。
近年、歌舞伎町で活動しているグループが、家出少女を勧誘し、売春や薬物運びに使っているという情報が相次いでいた。その実態を割り出すために、ここ数週間は潜入捜査に近い形で動いていたのだ。
そして――その供述の端々から、どうしても拭えない違和感を感じていた。
「十二年前の失踪少女と、最近消えた少女たち。いずれも家出少女で、繁華街で姿を消している」
彼女はホワイトボードに赤いマーカーで円を描きながら言った。
「共通点は“半グレが関与している可能性が高い”こと。だが、さらに踏み込めば――」
手を止め、周囲の視線を一身に浴びる。
「少女たちが消える直前、必ず一人の男の影がある」
ざわめきが広がった。
まだ名前を出せる段階ではない。確証が足りないのだ。
だが相沢には、ある経営者の顔が脳裏から離れなかった。
都内に本社を構える急成長企業の創業社長。表向きはメディアにも出て“理想の経営者”として称賛されているが、その裏で半グレとの繋がりを示唆する情報が断片的に上がっていた。
「社長……」
彼女は小さく呟き、目を伏せた。
あまりに大物だ。証拠もないまま名前を出せば、逆に自分の立場が危うくなる。
だが、捜査の糸口は確実にそこにあった。
会議が解散し、相沢は一人で資料を抱えて署を出た。
夜の街は雨上がりで湿っており、ネオンの明滅が路面に映り込んでいた。
繁華街の雑踏に身を置きながら、彼女は胸の奥で高鳴る鼓動を感じた。
――この先にいる。
誰も知らない檻の奥で、まだ息をしている少女がいる。
刑事としての直感は、十二年前のあの少女が生きていると告げていた。
彼女を救い出すことができるのか、それともまた手が届かぬまま闇に呑まれるのか。
相沢は夜風を吸い込み、拳を固く握った。
「必ず、繋げてみせる」
その言葉は、もはや誰に向けられたものでもなかった。
ただ、自らの心を奮い立たせるための誓いであり、十二年前に失踪した少女への祈りでもあった。