第七十九章 夢と現実の交差点
夜。
被害者は再び、あの夢に囚われていた。
冷たい床の感触、錆びついた匂い。
そして、どこまでも続く暗い廊下。
「また……ここか……」
胸の奥で重苦しいものが蠢く。
奈々の気配が近くにある――それだけは確かだった。
歩を進めると、壁には無数の爪痕が残されている。
必死に助けを求めた誰かの記録。
その瞬間、被害者の背筋を冷たい戦慄が走った。
(これは夢じゃない……奈々の“記憶”そのものだ……)
遠くから「コツ、コツ」という足音が近づいてくる。
鼓動が高鳴る。
逃げなくては――そう思ったが、身体は動かなかった。
ただ、足音に引き寄せられるように廊下を進む。
***
一方その頃。
刑事・由紀は廃工場の同じ廊下を歩いていた。
懐中電灯の光が壁の爪痕を照らす。
被害者が夢で見た光景と寸分違わぬ痕跡に、由紀は呼吸を乱していた。
「奈々……あなたは確かにここにいた」
唇が震えた。
そのとき、不意に風が吹き、暗闇にかすかな声が混じった。
――たすけて。
耳に届いたのは少女の声。
幻聴か、それとも。
由紀は声の方向に足を向けた。
***
被害者の夢。
廊下の奥で、閉ざされた扉が現れる。
錆びた取っ手を掴むが、鍵は固く閉ざされていた。
爪でひっかくように必死に揺さぶる。
そのとき、背後からもうひとつの光が差し込んだ。
振り返ると――そこに刑事・由紀が立っていた。
「……あなた、どうしてここに?」
声が震える。
だが由紀の姿はどこか透けており、実在するのか幻影なのか判別できない。
それでも彼女の目は真剣で、確かにこちらを見つめていた。
「あなたが見ているのは夢。でも、私は現実で同じ場所を歩いている」
「夢と現実……?」
「奈々の記憶が、私たちを繋いでいるのよ」
言葉は重なり、空間が歪む。
夢の中の被害者と、現実の由紀の行動が奇妙に共鳴し始めた。
***
現実。
由紀の懐中電灯が揺れ、錆びた扉を照らす。
そこには、内側からひっかいたような無数の傷跡。
被害者の夢と全く同じだ。
「……ここに、奈々が……」
由紀は震える指でドアノブを回そうとする。
その瞬間、耳元で微かな声がした。
――あけて。
少女の必死の囁き。
そして、遠くから聞こえる「助けて」という被害者の声。
由紀の頭に疑問が閃いた。
これは単なる記憶の投影なのか。
それとも、被害者と自分が同じ時間を共有しているのか――。
***
夢の中。
被害者は由紀と共に錆びた扉を見つめていた。
「開けましょう、一緒に」
由紀の声が耳に響く。
被害者は力いっぱい取っ手を引いた。
由紀も現実で同じ動作をしている。
現実と夢が重なり合う。
その瞬間――扉がきしみをあげ、わずかに開いた。
内側からは冷たい風と共に、嗚咽のような声が漏れ出した。
「奈々……?」
二人は同時に呟いた。
そして――扉の隙間から覗いたのは、光に怯える少女の影だった。




