第七十六章 過去を紐解く影
夜の署内は、昼間の喧噪が嘘のように静まり返っていた。
蛍光灯の白い光の下で、北条は古びた段ボール箱を机に引き寄せた。
そこには「未解決 平成一五年 失踪関係」と書かれたラベル。
箱を開けると、色あせた調書、証拠写真、そして地図が無造作に詰め込まれている。
ページを繰る指先に、埃がざらついた。
――七瀬奈々、当時二十一歳。
アルバイト先からの帰宅途中に行方不明。
遺留品なし、目撃証言なし。
両親は数年後に相次いで病死。事件は「迷宮入り」とされた。
北条は調書を睨みつける。
「……何も残っていない、か」
だが、資料の片隅にひとつだけ気になるメモがあった。
「近隣の住民が“女の子の叫び声”を聞いた」との記載。
それが事件のあった夜のものかどうか、判断はされていない。
担当刑事の字で「証拠不十分」と赤いペンで書かれていた。
北条は眉をひそめる。
叫び声。
そして、現在の被害者が語る「奈々」という名。
「……偶然とは思えん」
彼は立ち上がり、資料室を出た。
向かうのは当時の担当者の机の跡地。すでに定年退職して久しいが、データベースには痕跡が残っているはずだ。
端末を開き、事件名で検索する。
やがて画面に、当時の聞き込み先一覧が映し出された。
そこに一人の名前が浮かび上がる。
「……笠原俊樹」
当時、七瀬奈々の友人として事情聴取を受けた人物。
彼は「奈々は夜な夜な誰かにつきまとわれていた」と証言していた。
だが、その後、証拠がなく調書は打ち切られ、以降は何の動きもない。
北条の胸にざわつきが広がる。
ストーカー。
記録からは消されかけたその言葉が、じわりと現実感を帯びて蘇る。
もし、今の事件が二十年前の延長線上にあるのだとしたら――
奈々を消した「誰か」は、今もまだ暗闇の中で生きている。
北条は拳を握りしめた。
「奈々……そして被害者。この二つを結ぶ鎖を、必ず見つけてみせる」
深夜の署に、決意だけが重く響いた。




