表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『見えない鎖』  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/173

第六十七章 閉じ込められた声


 夜、病室の灯りが落ち、窓の外に街灯の淡い光が射し込んでいる。

 カーテンの隙間から覗くその光は、どこか監視の目のようで、眠ろうとしても瞼が重くならなかった。


 横たわりながら、私はずっと考えていた。

 ――あの「長い髪の女」は誰だったのか。

 刑事に話したとき、自分でも半ば幻覚だと思っていた。だが言葉にした瞬間、胸の奥に妙な確信が生まれたのだ。確かに“いた”と。


 意識が冴えるほどに、忘れていたはずの断片が次々と甦ってくる。

 湿った地下室の空気。

 錆びた鉄のにおい。

 そして、闇の奥から聞こえてきた微かな声。


 ――「ここから出たい……」


 当時、私はそれを自分の幻聴だと処理していた。極度の緊張と恐怖で頭がおかしくなっているのだ、と。

 だが今、その声の震えまでがはっきり耳に蘇ってくる。あれは確かに誰かの声だった。


 記憶を掘り下げようとすると、頭の奥に鈍い痛みが走った。

 けれど、痛みを無視してでも思い出さなければならない気がした。

 私が証言しなければ、あの少女は永遠に“いなかったこと”にされてしまう。


 ……ある夜のこと。

 社長が部屋から姿を消した隙に、私は鎖を引きずりながら床を這った。

 隣室の壁の隙間から、かすかな光が漏れていた。覗き込むと、そこに影があった。

 髪の長い、やせ細った少女。


 彼女はぼろ布のような服をまとい、床に座り込んでいた。

 私の視線に気づくと、驚いたように目を見開き、それから声を押し殺すように囁いた。


 ――「あなたも……捕まったの?」


 私は涙が出そうになるのを必死で堪え、頷いた。

 彼女はしばらく黙っていたが、やがて小さく名を告げた。


 ――「……ナナ」


 その響きが、今になって全ての点を繋げていく。

 そうだ、あの子は「奈々」と名乗ったのだ。


 記憶の中の奈々は、必死に私へ何かを伝えようとしていた。

 声は途切れ途切れで、よく聞き取れなかった。

 「家族に……」「ここに……何人も……」「消される」

 意味を完全に掴めないまま、私は社長の足音に怯えて口を閉ざした。


 翌朝、奈々の姿はもうどこにもなかった。

 鎖の音、床の擦れる気配――すべてが消え去り、まるで最初から存在していなかったかのように。

 私はその現実に耐えきれず、意識を閉ざしたのだろう。


 だが今、彼女の声と名が鮮明に蘇ってくる。

 「ナナ」。

 その名を心の中で繰り返すほどに、胸に焼けつくような痛みが広がった。


 私はシーツを握りしめた。

 彼女の存在を思い出した今、ただの幻覚だったと自分を誤魔化すことはできない。

 奈々は確かに生きてそこにいた。

 そして――私が逃げ延びたときには、もう“いなくなっていた”。


 どこへ消えたのか。

 社長がどうしたのか。

 答えはまだ闇の中だ。


 だが、少なくとも一つだけ確かなことがある。

 彼女の声は、いまだに私の中で消えずに響き続けている。

 ――「ここから出たい……」


 私は震える手で枕元のナースコールを押した。

 刑事に、もっと話さなければならない。

 忘れてしまえば、本当に奈々はこの世に存在しなかったことにされてしまう。


 たとえ断片でも、私の記憶が彼女の唯一の証拠なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ