第六十六章 封じられた報告書
病院を出たあと、私――杉浦は車に戻り、深く息を吐いた。
被害者が語った「長い髪の女」。その描写は、以前どこかで耳にした記録と奇妙に重なっていた。
私はすぐに署へ戻り、資料室に足を運んだ。
資料室は埃の匂いが漂い、蛍光灯の光が紙束を鈍く照らしている。
行方不明者の記録は膨大で、年代ごとに無造作に積まれている。
私は2000年代前半のファイルを引っ張り出した。――社長が「地下室」を造ったと推定される時期。
ページをめくる指が止まった。
一枚の古びた報告書に、若い女性の顔写真が貼られていた。
「失踪者:高嶋奈々(当時17歳)」。
家出を繰り返していた少女で、最後に目撃されたのは新宿・歌舞伎町。
それきり消息を絶っていた。
年齢、そして状況。
被害者が語った「最初に地下室で見た少女」と重なっていく。
長い黒髪。怯えた目。
私は胸の奥に冷たいものが落ちるのを感じた。
高嶋奈々は生きて社長の屋敷に囚われていた。だが、その後の足取りは完全に途絶えている。
「……もしかして」
私は小声で呟いた。
社長が奈々を“使い捨てた”のではないか。
恐ろしい仮説だが、無視するわけにはいかない。
しかも、この報告書の端には小さなメモが残されていた。
――「家族からの捜索願、警察内部で取り下げ」
なぜだ。
当時、誰かが意図的に事件を矮小化し、闇に葬ったのか。
私はその場に立ち尽くした。
背筋を伝う汗が止まらない。
社長個人の犯罪を超えて、もっと大きな“網”が背後に広がっているのかもしれない。
デスクへ戻り、相棒の佐伯にファイルを差し出した。
「見ろ、これだ」
佐伯の表情が固まる。
「……やっぱり繋がってる。しかも、この“取り下げ”はおかしい。裏で誰かが庇ったんだ」
私たちは顔を見合わせた。
単なる誘拐監禁事件では終わらない。
“社長”と警察内部の癒着――その可能性が現実味を帯びてきた。
そして、被害者が必死に伝えようとした「彼女」は、単なる幻影ではなかった。
確かに存在し、そして消された少女。
捜査は、想像以上に深い闇へ足を踏み入れていく。




