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『見えない鎖』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第六十五章 記憶の裂け目



 病室の天井を見上げていると、時折、あの地下室の湿った空気が鼻をかすめるような気がする。

 逃げ出したはずなのに、まだ私はあそこに囚われているのだ。

 眠りに落ちると、夢の中で決まって“彼女”が現れる。長い黒髪を垂らし、細い肩を震わせながら。


 最初に彼女を見たのは、まだ私が十代の頃だったと思う。時間の感覚は曖昧で、地下室には時計もなく、窓もなかったから。

 鉄の扉が開いたとき、彼女は一瞬だけ姿を見せた。

 裸足で、うつむきながら、皿を持って入ってきた。皿には冷めたパンと水が載っていた。

 社長の背後に隠れるようにして歩くその姿は、怯えた小動物みたいだった。


 それから何度か、彼女を目にする機会があった。

 食事を運ぶとき。掃除をしているとき。

 だが、彼女が私に視線を合わせたことは一度もなかった。


 ……いや、一度だけ。

 私が体調を崩し、高熱で床に伏していた夜。

 社長が部屋を出ていったあと、鉄格子の向こうに彼女が立っていた。

 「……大丈夫?」

 蚊の鳴くような声で、そう囁いたのだ。


 そのときの彼女の目――怯えと哀れみと、そしてほんのわずかな優しさ。

 あれは夢ではなかった。


 記憶の断片が、少しずつ輪郭を取り戻していく。

 彼女は“協力者”ではなかった。

 むしろ、私と同じように“鎖で繋がれた存在”だったのだ。


 けれど、なぜ彼女は消えたのだろう。

 ある時期を境に、彼女の姿をまったく見なくなった。社長も彼女のことを口にしなかった。

 もし彼女が逃げ出したのだとしたら――どうやって?

 それとも、別の結末が……。


 思考が絡まり、胸がざわつく。

 病室のドアがノックされ、刑事の一人が顔を覗かせた。

 「少し、お話を聞かせてもらえますか」

 私は小さく頷いた。


 もう隠すことはできない。

 彼女の存在を語ることは、私自身の傷を抉り返すことになる。

 けれど――もし彼女がまだ生きているのなら、私だけが自由になってはいけない。

 “見えない鎖”は、彼女の体にも絡みついているのだから。

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