第六十二章 影を追う者たち
「……長い髪の、女?」
病室を出たあと、廊下の自販機横で三枝警部補が小声でつぶやいた。
俺は頷き、さきほどの被害者の断片的な証言を思い返す。
確かに彼女は言った。
食事を運んできたのは、スーツ姿の男だけではない。
もう一人――「長い髪の女」がいた、と。
「ただの幻覚じゃないんですかね」
若い巡査が眉をひそめる。
俺は首を横に振った。
「そう思うのは簡単だが、囚われの中で見た幻覚にしては、あまりにも具体的だ。皿を置く仕草まで覚えている」
三枝は缶コーヒーを片手に、じっと天井を見上げた。
「もし本当にいたとしたら……内部協力者か」
「あるいは同じように囚われていた可能性もある」
俺は答えながら、手帳に走り書きをした。
――長い髪。
――顔は不明。
――囁き「もう少しの辛抱だから」。
「これ、被害者に対する同情や共感を含んだ発言ですよね」
「そうだ。だからこそ重要だ。もし協力者だとしたら、加害者の意思とは別に、彼女を助けようとしていたかもしれない」
捜査本部に戻ると、すぐに情報を共有した。
事件の全貌を知る数少ない目撃者が被害者本人である以上、彼女の証言はかすかな光だ。
もちろん記憶の歪みや混乱は避けられない。だが、全てを幻覚と切り捨てれば真実も消える。
会議室に地図を広げ、捜査員たちに声をかける。
「まず、被害者が囚われていた期間中に、行方不明になった女性はいないかを再確認する。特に二十代前半、長髪、関東圏で行方不明届が出ている人物だ」
「了解です!」
若手刑事たちがすぐに端末を叩き始める。
三枝が手を組んで低く言った。
「もし彼女が実在するなら――まだ、どこかに囚われているかもしれないな」
俺は黙って頷いた。
被害者の証言は曖昧だ。それでも、俺たちにとっては見えない闇に差し込んだ一本の光に他ならない。
「長い髪の女」を探し出す。
それが次の突破口になる――そう直感していた。




