第六章 夜の街の影
歌舞伎町の路地裏は、昼と夜でまるで違う顔を持つ。
昼間は観光客や買い物客で溢れる街が、夜になると別の生き物のように息づきはじめる。ホスト、スカウト、半グレ、風俗嬢。人々の欲望と恐怖が混じり合い、目に見えない流れを作り出すのだ。
私はその流れを追う一匹の魚にすぎない。だが、長く刑事をやっていれば、どの水脈に濁りがあるかは肌で感じ取れる。
ここ数年、歌舞伎町周辺では若い少女の失踪が相次いでいた。
家出少女、居場所のない子供たち。彼女らは夜の街に吸い寄せられるように現れては、やがて姿を消す。事件性があるのか、単なる行方不明なのか――判断は難しい。だが、私は直感していた。見えない何かが、彼女らを呑み込んでいる、と。
情報屋を通じて、半グレグループの動向を洗っていたところ、妙な証言が引っかかった。
「昔な、社長風の男がひとりのガキを気に入って……って話があったらしいぜ」
軽く煙草をふかしながら吐き捨てるように言ったチンピラの言葉。
「社長風?」と私が聞き返すと、男は肩をすくめた。
「詳しいことは知らねぇ。ただ、金払いがやたら良かったって話だ。半グレ連中が“飼い主”って呼んでたって噂だな」
飼い主。
その言葉が、私の胸に重くのしかかった。人を「飼う」という発想。それはただの比喩なのか、それとも……。
調書に残された行方不明少女の記録を夜ごと読み返す。
ある子は、家出を繰り返していた。
ある子は、歌舞伎町のネットカフェで目撃されたのを最後に姿を消した。
警察の統計上は「失踪」と処理されている。しかし、点と点を結ぶと、そこには一本の線が浮かび上がる。
私は同僚に軽く話を振ってみた。
「なあ、歌舞伎町で消えた少女たち、どこか似てないか?」
「似てるって……年齢層は確かに近いけど、事件性は立証できないだろ」
「だが、誰も彼女らの遺体を見つけていない。死んでいないとすれば、どこかに生きている可能性もある」
「……おまえ、また直感で動こうとしてるな」
同僚は呆れたように笑った。だが私は笑えなかった。
夜、署に戻って机に広げた資料を見つめる。
そこには、十数年前に行方不明になったある少女の記録があった。
十二歳。歌舞伎町で家出をしていた。
最後の目撃情報は、繁華街の路地裏。スカウトと一緒に歩いていたという。
以降、彼女の足取りはぷつりと途絶えた。
私は、ペン先でその記録に印をつけながら、思考を巡らせる。
――あの「飼い主」と呼ばれる男と、この失踪はつながっているのではないか。
証拠はない。ただ、糸口は確かに存在する。
歌舞伎町の半グレ、金払いの良い謎の男、そして消えた少女たち。
私は深く息を吐いた。
街の雑踏に溶け込むには、それなりの忍耐と執念がいる。
だが、この街の裏側に潜む「鎖」を掘り起こさなければならない。
そうしなければ、再び同じ悲劇が繰り返されるだろうから。