第五十章 鎖の叫び
鈍い衝撃が背中を突き抜けた。
壁に叩きつけられ、肺の中の空気が一気に押し出される。
呼吸ができない。視界が揺れる。
「……ッ!」
歯を食いしばり、膝を床に押しつけてなんとか立ち上がる。
耳に響くのは、鎖が床を這う不気味な音と、若い女性の悲鳴。
――まだ、終わっていない。
目を凝らすと、広間の中央。
檻の中の被害者の足首に絡みついた鎖が、まるで意志を持つ蛇のようにうねっていた。
その鎖を操るのは、黒い布をまとった影。
だが、それはただの幻ではない。
懐中電灯の光が確かにその輪郭を照らし出していた。
痩せた体。異様に長い指。布の隙間から覗く眼の光。
「人間……?」
私の口から、思わず声が漏れる。
相棒も銃を構えながら低く言った。
「間違いない……こいつは幽霊じゃない。生きてる人間だ!」
その瞬間、影が嘲笑するように肩を揺らした。
低い声が、空気を震わせる。
『人間か……それとも違うのか……お前たちに見分けられるものか』
鎖が一斉に跳ね、壁や床を打ちつける。
火花が散り、耳を劈く金属音が広間を満たした。
檻の中の女性が必死に泣き叫ぶ。
「助けて! 早く!」
私は咄嗟に前へ踏み出した。
影と被害者を隔てる距離はわずか十数メートル。
だが鎖がまるで罠のように張り巡らされていて、近づくことすら命懸けだった。
「お前は誰だ!」
銃を構え、声を張る。
「なぜこんなことをする!」
影はしばし黙ったまま、布の奥でじっとこちらを見据えた。
やがて低い笑い声が漏れる。
『鎖は見えぬが、誰の心にも絡みついている。お前たちも同じだ……』
意味を測りかねる言葉。
だが確かに「意思」がそこにあった。
単なる異常者か、それとも――。
私は強く息を吐き、引き金に指をかける。
この場で撃つしかない。
だが、被害者を巻き込む危険が高すぎる。
「相棒、俺が囮になる。お前は女を檻から出せ!」
そう言うと、迷っている暇もなく走り出した。
鎖が牙のように振り下ろされる。
私は身をひねって避け、床に転がりながら銃口を影に向ける。
発砲音が轟き、火花が闇を裂いた。
だが影は身を翻し、布を翻すようにして避けた。
銃弾は背後の石壁を砕き、粉塵が舞い上がる。
「くそっ……!」
背後で相棒の声が響いた。
「檻の鍵を探せ! 急げ!」
私は再び立ち上がり、影を睨み据える。
――こいつを抑え込むまで、絶対に倒れるわけにはいかない。




