第四十八章 閉ざされた回廊
湿気を含んだ空気が肺に重くのしかかる。
神谷は額の汗を拭う間もなく、懐中電灯の光を前方に投げた。
石壁に反射する光は弱々しく、わずか数メートル先までしか届かない。
背後から安藤が息を切らしてつぶやいた。
「まるで迷路だな……何度同じ角を曲がったかわからん」
「だが確実に進んでいる。足跡が残ってる」
神谷は指差した。湿った泥に刻まれた裸足の跡。小さな足、そして時折崩れるような転倒の痕。
被害者のものだ。
間違いない。
だが、その足跡の横にはもうひとつ、妙に規則的な擦れ跡が続いていた。
安藤がしゃがみこみ、手袋越しに触れる。
「鎖……か?」
「そうだな。何かを引きずった跡に見える」
神谷は眉をひそめる。
――なぜ、地下で鎖を?
疑問が浮かぶたびに、背筋を氷のような寒気が走った。
前方の通路がふいに途切れ、広い空間に出る。
まるで地下聖堂のような円形の広間。
壁一面に鉄の鎖が垂れ下がり、床には無数の刻印が彫られていた。
「……何だ、ここは」
安藤が息を呑む。
神谷は懐中電灯を左右に振った。
刻まれた線は文字のようでもあり、儀式の模様のようでもある。
「こんなもの、ただの誘拐監禁じゃない……何かもっと根の深いものだ」
耳を澄ますと、かすかな声がした。
女性の声。震え、泣き叫ぶような――。
「聞こえたか?」
神谷は小声で問い、安藤は強くうなずいた。
声の方向は広間の奥。だが、そこへ向かう道を鎖が塞いでいる。
まるで生き物のように床を這い、ゆっくりと揺れていた。
「くそ……これ以上の茶番に付き合ってられるか」
安藤が腰の銃に手をかけた。
しかし神谷は制した。
「撃つな。跳弾したら危険だ。まずは突破口を探せ」
二人は左右に散り、鎖の切れ目を探す。
その時、再び声が響いた。
「誰か……助けて!」
広間全体に反響する女性の叫び。
神谷の心臓が一気に高鳴った。
まだ生きている。確かにそこにいる。
「行くぞ!」
神谷は安藤と目を合わせ、鎖の揺れる隙間に身体を滑り込ませた。
冷たい鉄が頬をかすめ、衣服を裂いた。
しかし一歩、また一歩と前進する。
奥に見えたのは、石の台座と、その前に倒れこむ女性の姿だった。
長い髪が乱れ、両手を必死に振りほどこうとしている。
足首には、鎖が絡みついていた。
「おい! 大丈夫か!」
神谷の声に女性が振り返る。
その瞳に浮かんだのは、恐怖と安堵が入り混じった光。
だが、その直後――
台座の上に、黒い布をまとった「何か」がゆっくりと立ち上がった。




