第四十七章 呼び声の先で
暗闇の中を、私はどれほど歩いただろう。
湿った岩肌に手を触れながら進むたび、足裏に冷たい泥がまとわりつく。靴をどこで脱いだのか覚えていない。ただ「行かなければ」という衝動だけが、私を突き動かしていた。
――声が聞こえる。
女とも男ともつかない、低く澄んだ響き。
「ここに来い」と命じるようでありながら、同時に「救ってやる」と囁くようでもあった。
胸の奥がざわつく。
恐怖か、安堵か、自分でも判別できない。
ただ、この声を無視すれば取り返しのつかないことになる――そんな強烈な確信だけがあった。
やがて通路は開け、広間に出た。
そこはまるで地下聖堂のようだった。
石造りの壁には古びた鉄の鎖が絡みつき、床には無数の線が刻まれている。古代の文字のようにも見えるそれは、私には解読できない。
中央には、石の台座があった。
その上に黒い布をまとった人影が座っている。
光はないはずなのに、その輪郭だけが不気味に浮かび上がって見えた。
「……あなたが、呼んでいたの?」
気づけば声が漏れていた。
答えは返ってこない。
ただ、影がわずかに首をかしげたように見えた。
次の瞬間、頭の中に直接言葉が響く。
――ようやく来たな。
膝が震え、思わず一歩退いた。
耳ではなく、脳に直接刻み込まれる声。
「誰……なの?」
――私の名を知る必要はない。お前の中にあるもの、それを解き放つだけでいい。
胸の奥で何かがざわめく。
今まで押し殺してきた感情、叫び、痛み。
それらが溶け出し、暗闇に染み渡っていくようだった。
「いや……やめて……!」
思わず両耳を塞ぐ。だが声は消えない。
――鎖を断ち切れ。そうすれば、お前は自由になる。
その言葉と同時に、視界の端で鎖が揺れた。
壁に固定されていた鉄の輪が外れ、まるで生き物のように床を這い寄ってくる。
私は後ずさるが、鎖はするすると足首に絡みついた。
「いやっ!」
必死に振り払おうとするが、冷たい鉄は肌に食い込み、動けば動くほど強く締めつけてくる。
――抗うな。これは、お前を縛るためではない。解き放つための鎖だ。
その言葉に、心臓が早鐘を打つ。
本当にそうなのか?
それとも――もう二度と戻れない罠なのか?
私は叫んだ。
「誰か……助けて!」
その声は石壁に反響し、闇の奥へと消えていった。
返事はない。
ただ鎖の音と、影の沈黙だけが続いた。




