第四十五章 呼び声
夜の街は、冷たく静まり返っていた。
眠れぬまま布団を抜け出した私は、気づけば靴を履き、外へ出ていた。
理由は自分でもわからない。けれど胸の奥に、誰かに呼ばれているような奇妙な感覚があった。
足は勝手に動き、やがて私をあの場所へと導いた。
篠崎邸――高い塀に囲まれた、暗い影のような館。
もう誰も住んでいないはずなのに、窓のどこかから視線が注がれている気がする。
「……どうして、ここに」
門の前に立つと、全身に鳥肌が走った。
逃げたい気持ちと、引き寄せられるような衝動がせめぎ合う。
それでも、私は門の隙間から敷地へと足を踏み入れてしまった。
草の匂い、湿った土。
庭を横切るとき、幼い日の記憶がふと甦った。
――あの暗い地下、鉄の扉、冷たい手の感触。
心臓が早鐘を打ち、息が乱れる。
「だめだ……思い出したくないのに」
けれど、思い出さずにはいられなかった。
まるで館そのものが、私に記憶を突きつけているかのようだ。
建物の裏手に回ると、地下へと続く入口が目に入った。
封鎖されているはずの扉には、調査用のマーキングが残されている。
警察がここを調べたことは知っていた。
だが――なぜか、その先に「まだある」と感じてしまう。
私の足は勝手に動いた。
ドアノブを押すと、鍵はかかっていなかった。
ギイィ……と軋む音を立て、扉が開く。
地下の空気は冷たく、重苦しかった。
壁をなぞりながら、暗闇の階段を降りる。
一歩ごとに、体の奥底で震えが強くなる。
そして――地下の奥で、不意に「音」がした。
カン……と金属がぶつかるような微かな響き。
私は思わず立ち止まった。
誰もいないはずなのに。
耳を澄ますと、もう一度、今度は少し近くで同じ音が聞こえた。
「……誰?」
声を絞り出すと、闇の中に返事はなかった。
だが確かに、私を呼んでいる何かがある。
檻のあった部屋を抜け、さらに奥へと足を進める。
その時だった。
壁の一角に、不自然な影が落ちていることに気づいた。
懐中電灯は持っていない。けれど月明かりのわずかな反射で、そこだけ質感が違うように見えた。
手を触れると、冷たいコンクリートの裏から、空洞の気配が伝わってくる。
――ここに、何かがある。
胸が張り裂けそうなほど鼓動が高鳴る。
その瞬間、背後で重い物音がした。
振り返ると、暗闇の奥に何かが動いた気がした。
「……っ!」
私は声にならない悲鳴をあげ、壁から手を離した。
目の前にあるはずの出口が、急に遠く感じられる。
――逃げなければ。けれど、逃げられない。
不思議なことに、その場から離れようとする力よりも、壁の奥にあるものを確かめたい衝動の方が強かった。
吸い寄せられるように、私は再び壁に手を当てる。
冷たい感触の奥から、確かに「声」が響いた。
幼い子供の、かすかな囁き――。
「……たすけて」
その瞬間、全身から血の気が引いた。
これは記憶の幻か、それとも……まだ誰かが、この奥に?




