第四十四章 封じられた扉
事件発覚から数週間。
篠崎邸の調査は、一見すると行き詰まりを見せていた。
地下の檻、少女の痕跡、それらは十分に「罪」を証明する材料だったが――神谷の直感は、それだけで終わるものではないと告げていた。
「まだ、あるはずだ……」
深夜、警察庁からの許可を取り付け、再び邸宅に入った。
同行するのは科捜研の技術者と、数名の刑事。
豪奢なリビングはすでに空虚で、家具は押収され、壁には白い封印テープが貼られている。
だが、その静けさこそが、何かを隠しているように思えた。
地下への階段を降りる。
湿気を帯びた空気、石造りの壁。
檻の残骸は既に撤去され、床には調査用のマーキングが残されていた。
「刑事さん、本当にここに“隠し部屋”が?」
技術者の一人が不安そうに尋ねる。
神谷は答えず、懐中電灯を壁にかざした。
目を凝らす。
コンクリートの一角に、他とは違う不自然な継ぎ目が浮かび上がった。
「ここだ……」
神谷は壁を叩いた。鈍い音と、わずかに響く空洞の反響。
すぐに技術者が特殊なセンサーを取り出し、壁面を走査する。
数秒後、表示画面に「内部空間あり」とのサインが点滅した。
刑事たちの間にざわめきが走る。
「マジか……」
「完全に塞いでやがる」
破砕工具を持ち込ませ、慎重に壁を削り始める。
コンクリートが崩れるたびに、冷気が漏れ出し、地下の空気がさらに重くなった。
やがて、大人一人が通れるほどの穴が開く。
懐中電灯を差し込む。
その先には――暗黒の廊下が続いていた。
「行くぞ」
神谷が先頭に立ち、足を踏み入れる。
湿った土の匂い。音を吸い込むような沈黙。
廊下は細く長く、両側の壁は未完成のままむき出しのコンクリートだった。
数メートル進んだ先に、金属製の扉が現れる。
赤茶けた錆が浮いているが、取っ手は新しい。
まるで最近まで使われていたかのようだった。
「開けろ」
刑事がバールを差し込み、力を込める。
金属が軋み、やがて扉が開いた瞬間、冷気と共に異臭が溢れ出した。
神谷は顔をしかめながら懐中電灯をかざす。
そこには――狭い部屋と、床に散らばる古びた衣類、靴、そして……子どものものとしか思えない小さな持ち物が積み重なっていた。
刑事の一人が息を呑んだ。
「これは……」
壁際には、さらに小型の檻が二つ並んでいた。
その中は空だったが、床には爪でひっかいたような跡が無数に残されていた。
神谷の背筋に冷たいものが走る。
――やはり、まだ何かを隠していたのか。
しかし、それ以上に心を凍らせたのは、部屋の隅に置かれた木箱だった。
刑事たちが恐る恐る蓋を開ける。
中から現れたのは……整然と並んだ、少女たちの写真。
一枚一枚、違う顔。
その中には、確かに「現在の被害者」と同じ幼い姿が写っていた。
「……くそっ」
神谷は拳を握りしめた。
これは単なる一件の監禁事件ではない。もっと長い、もっと根深い犯罪の系譜だ。
扉の向こうにまだ何が潜んでいるのか、誰にもわからなかった。




