第四十一章 もうひとつの影
夜、病室の天井を見つめていると、眠ろうとしても瞼が重くならなかった。
白い光はまぶしすぎ、静かな空気は逆に耳を圧迫する。地下室の薄暗さが懐かしいとは思わないが、あの閉ざされた空間の安心感だけは、どうしようもなく恋しい。
夢の中で、私は再び檻の中にいた。
鉄格子の冷たい感触、床の冷たさ、透明なポータブルトイレ――すべてが生々しく蘇る。
だが今回は、一人ではなかった。
檻の奥に、見覚えのない少女が座っている。
髪は長く、顔の輪郭は私と似ている。だが表情は乏しく、虚ろな目でこちらを見つめるだけだ。
「誰……?」
声に出すと、夢の中の少女は口を開けなかった。
胸がざわつき、手足が震える。
十二年間、地下室で私を独占していた篠崎の影――その権力の余波が、まだ別の場所にあると告げているようだった。
朝、目を覚ますと汗で髪はびっしょり濡れていた。
看護師が駆け寄る。
「どうしました? 悪夢ですか?」
私はうなずくだけで、言葉にならなかった。
しかし、胸の奥には強い確信があった。
――地下室は一つじゃない。
私以外にも、誰かがまだ閉じ込められている。
昼になって、病院の外来で少し歩くリハビリを受けていると、遠くで小さな笑い声が聞こえた。
風に乗って届く、かすかな声。
夢の中で見た少女と同じ響きに感じられ、私は足を止める。
「……誰?」
心の中で問いかける。
声はすぐに消えた。周囲には誰もいない。
だが胸の奥には、冷たい恐怖が広がっていた。
ベッドに戻ると、窓の外を見つめながら思った。
――自由になったはずなのに、私はまだ檻の中にいる。
いや、檻だけではない。
見えない鎖は、地下室の彼女だけでなく、他の誰かをも縛っているのだ。
その夜、夢を見た。
地下室の奥、鍵のかかった扉の向こうで、私に似た少女がこちらを見ている。
その目は助けを求めていた。
私は目を覚ました瞬間、息を殺して手を握りしめた。
――あの檻の外にも、まだ誰かが囚われている。
涙が止まらなかった。
自由を手に入れたはずの私が、何もできない無力さに押しつぶされそうになる。
そして胸の奥、心の奥底で、一つの決意が芽生えた。
――私が見つけなければ。
あの少女を、あの檻を、終わらせなければ。




