第四十章 供述の影
取り調べ室の時計が、淡々と秒を刻んでいた。
篠崎は椅子に腰掛け、相変わらず淡々とした口調で話していた。六十二歳の男の顔には疲労の色はなく、むしろ穏やかな笑みさえ浮かんでいる。
長年の経営者としての余裕か、それとも――何かを隠しているからなのか。
「君たちは勘違いしている」
篠崎はゆっくりと両手を組み、机の上に置いた。
「私は、彼女を傷つけたことはない。ただ、守っていただけだ」
その言葉に、隣の検事が小さくため息をついた。だが私は、むしろ耳を澄ませた。
――守っていた?
檻に閉じ込め、自由を奪い、青春を盗んだその行為を、彼は「守る」と言い切る。
「なぜ、十二年間も外へ出さなかった?」
問いかけると、篠崎は一瞬だけ視線を泳がせた。
その一瞬に、私は違和感を覚える。
「外は危険だからだ。あの子には、私が必要だった」
必要――。
まるで、彼女だけではなかったかのような響きがあった。
私は机上の調書に目を落とした。
――篠崎が「少女」と呼ぶのは常に単数形。しかし、時折「子どもたち」という言葉が混じる。
先日の供述でも「彼女ら」という表現が一度だけ出ていた。
「篠崎さん」
私はできるだけ感情を抑え、声を落として言った。
「檻にいたのは、彼女だけですか?」
その瞬間、篠崎の指が小さく震えた。
しかし彼はすぐに笑みを作り直し、首を振った。
「何を言っているんだね。妄想はよしたまえ」
だが、もう私は確信していた。
まだ何かがある。彼が隠している“別の真実”が。
取調室を出た後、廊下の窓から夜の街を見下ろした。
表面上は平穏な光景。しかしどこかに、まだ誰かが「見えない鎖」に囚われているかもしれない。
その想像だけで、胃の奥が冷たく縮む。
――時間がない。
私は拳を握りしめた。
篠崎が口を割る前に、あの檻を見つけ出さなければ。




