第三十六章 取り調べ室の微笑
取り調べ室の空気は、外の夏の湿気とは無縁だった。蛍光灯の白い光が机を照らし、篠崎の影を床に落としている。
彼は背筋をまっすぐ伸ばし、椅子に腰掛けていた。拘束されているはずの人間が、まるで客人のような余裕を漂わせているのが気に食わない。
「改めて聞く。君が十二年前に連れ去った少女を、あの地下室に監禁していたことに間違いはないな」
私はできる限り冷静に声を出した。
篠崎はゆっくりと唇を動かした。
「監禁? そうは思っていません。彼女は私の世界の住人だった。檻は守るための壁にすぎない」
吐き気がする言葉だ。
「守る、だと? 自由を奪って、成長を止めて、人生を狂わせたことがか?」
彼は目を細めて笑った。
「自由とは、そんなに価値があるものですか? 外の世界に出て、彼女は本当に幸せになれると思うのですか?」
机を叩きそうになる衝動を抑える。
ここで感情を爆発させれば、奴の思う壺だ。
「彼女はすでに保護された。君の影響から解き放たれる」
そう告げると、篠崎は首を横に振った。
「いいえ。鎖はまだ切れていない」
その一言に、背筋が凍る。
彼の言う「鎖」が、精神的なものを意味するのは明らかだった。
十二年間、檻の中で与えられた言葉、仕草、習慣――すべてが少女の心に刻まれている。
篠崎はそれを理解した上で、勝ち誇っているのだ。
「彼女は私がいなければ生きられない。食べることも、眠ることも、笑うことも、私は彼女に教えてきた。外の誰がそれを代わりにできるというのです?」
言葉の刃を突きつけられるような感覚。
私は拳を握り締める。
「……君は間違っている。人間は、必ず自分の足で立てる。たとえどんな過去があろうと」
声を震わせないよう必死だった。
篠崎はしばらく黙り、やがて低い声で囁いた。
「では見守るといい。彼女がどれほど自分の『見えない鎖』に苦しむかを」
その瞳は、捕らわれの身であるにも関わらず、勝者の光を宿していた。
取り調べ室の壁が、急に狭く息苦しく感じられる。
――これは終わっていない。
檻は壊されたが、鎖はまだ生きている。
私はその現実を突きつけられ、机の上の資料が急に重くのしかかるのを感じた。




