第三十四章 地下室の光
「確保!」
合図と同時に、篠崎の体が床に押しつけられる。特殊班の隊員が膝で背中を押さえつけ、手首を後ろへねじり上げた。
ナイフが転がり、鈍い金属音がコンクリートに響く。
私は銃口を下げ、息を荒げながらその光景を凝視していた。
――間に合った。
ほんの一瞬でも遅れていれば、あの刃は檻の中の少女の喉を裂いていたに違いない。
「動くな!」
隊員の一人が叫ぶ。篠崎はうめき声を上げたが、抵抗は長く続かなかった。六十二歳の肉体は、鍛えられていようと複数の隊員に押さえ込まれてはどうすることもできない。
手錠のかちりと閉じる音が、地下室に乾いた決着を告げた。
しかし――。
すぐに耳に飛び込んできたのは、少女の叫びだった。
「出して! お願い、ここから出して!」
檻の中。
裸に近い姿で、震えながら鉄格子を掴む彼女の目は、涙で赤く腫れ上がっている。
あまりに衝撃的な光景に、一瞬私は言葉を失った。
「鍵はどこだ!?」
私は篠崎に向かって声を荒げた。
押さえつけられたまま、篠崎が口元に冷たい笑みを浮かべる。
「俺しか知らない……俺の城だ……」
その言葉に、背筋が凍る。
「探せ!」
私は叫び、数人の隊員が部屋を調べ始めた。引き出し、棚、床下――隠し場所は幾つも考えられる。
だが、その間も檻の中の少女は泣き叫び、格子を叩き続けている。
「いやだ……もういやだ……」
私は腰のホルダーから小型のボルトカッターを取り出した。
「離れてろ!」
格子の前に立ち、錠前に刃をかける。硬い音と振動が腕に伝わる。もう一度、力を込める。
――ばきり、と乾いた音を立てて錠が壊れた。
檻の扉が軋みを上げて開いた瞬間、少女は堰を切ったように飛び出し、私にしがみついてきた。
骨ばった肩、冷たい肌。全身が震えているのが分かる。
「大丈夫だ、もう大丈夫だ」
私は必死に言葉をかけながら、その背を抱きしめた。だが心の奥では、大丈夫という言葉が空虚に響いていた。
彼女が背負ってきた時間は、救出した今この瞬間で消えるものではない。
「搬送準備!」
隊員が声を上げ、毛布が差し出される。私はそれを彼女の体にかけてやり、そっと肩を抱いて立たせた。
ふと横目に、床に押さえ込まれた篠崎の姿が映る。
血走った目でこちらを見ていた。その視線には、敗北の色はなかった。
――まだ何かを握っている。そんな不気味な確信が胸に残った。
地上への階段を上がる途中、少女の震える声が耳元でささやいた。
「まだ……終わってない……」
私は言葉を失った。
彼女が何を指しているのか分からない。ただ、その言葉は地下室よりも深い闇を告げているように思えた。




