第三十三章 刃の影
鉄の檻の向こうで爆音が響いた。
耳を突き破るような轟音と閃光に、私は思わず身を縮めた。暗闇に慣れた目には、光の残像が刺すように残る。
何が起きているのか、最初は分からなかった。
だが、すぐに聞こえてきた。
――「警察だ!」
低く鋭い声が地下室に飛び込んでくる。
救いが来た――そう思った瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。
だが同時に、すぐ傍で篠崎が動く気配を感じた。
彼は檻の前に立ち、手にしたナイフをぎらつかせていた。
「遅かったな……」
その声は、もう私が知っていた優しい仮面の声ではなかった。冷たく、諦観と狂気を混ぜたような、底なしの闇を孕んでいた。
ナイフの切っ先が、檻の隙間から私に伸びてくる。
私は咄嗟に、足元の鉄皿を掴んで振り上げた。震える手。だが必死に、刃を逸らそうとする。
「篠崎! ナイフを捨てろ!」
刑事の怒声が飛ぶ。
私は檻の中で、泣きながら祈った。
――お願い、早く。間に合って。
篠崎の顔がすぐそこにあった。汗で濡れた額、血走った目、そして笑っているのか怒っているのか分からない歪んだ口元。
「こいつは、俺のものだ……」
低くつぶやく声が耳に焼き付いた。
刃がさらに近づく。
私は喉を裂かれる、と直感した。
その瞬間――。
「撃つな! 確保だ!」
刑事の叫びが重なり、数人の足音が一気に迫る。
篠崎の体が横から激しく弾かれた。黒い影――特殊班の隊員が体当たりをしたのだ。
ナイフが手から離れ、床に金属音を立てて転がる。
私は檻の中で声を上げた。
「やめて! 殺さないで……!」
訳もなく、そう叫んでいた。
恐怖で支配されていたはずなのに、篠崎が取り押さえられている姿を見ると、なぜか胸が張り裂けそうになった。
だが、すぐに冷たい現実が押し寄せる。
――私はまだ檻の中だ。鍵は閉ざされたまま。自由ではない。
外では刑事と隊員たちが篠崎を押さえつけ、怒号が飛び交っている。
その喧騒のなか、私は鉄格子を掴み、涙で濡れた目でただ必死に叫んだ。
「出して! お願い、ここから出して!」
私の声は、地下の闇に震えるように響き続けた。




