第二十九章 微かな希望
静まり返った地下室に、突如として震えが走った。
上階で何かが砕けるような轟音が響き渡り、私は思わず体を縮める。
――なに? 何が起きているの?
心臓が痛いほどに脈打つ。
いつもならテレビから流れる下品な音声が支配するこの部屋だが、その瞬間ばかりは機械音すらかき消すほどの衝撃だった。
すぐに足音。複数の。
重い靴が床を叩く規則正しい音が、階段の上から近づいてくる。
私は檻の中で身を固めた。
篠崎? それとも――。
息が詰まりそうになる。
篠崎が怒って戻ってきたのだろうか。そうだとしたら、私はどうなる?
檻から引きずり出され、罰を受けるのか。
それとも……もっと恐ろしいことが待っているのか。
――でも。
頭の片隅で、もう一つの可能性が芽生える。
もしも、もしもあれが「誰か助けに来た人たち」だとしたら?
あり得ない。
私はここに長すぎた。誰にも気づかれず、誰にも思い出されず、ただ檻の中で生きてきた。
今さら、誰が私を救いに来るというの。
だが、足音は確かに複数人。篠崎ひとりのものではない。
喉が乾く。
私は鉄格子に手をかけた。冷たく湿った金属の感触。
「……だれか……」
声が掠れる。けれど、それでも吐き出さずにはいられなかった。
ドン、と階段の扉が開く音が響く。
その瞬間、地下室の空気が変わった。
冷たく淀んだ閉鎖空間に、新しい風が流れ込む。
――まるで、地上からの光が差し込んできたように。
黒い影が数人、階段を降りてきた。ヘルメットと防護服、銃を構えた人影。
私は一瞬、現実だと信じられなかった。
「警察だ!」
その声を耳にした途端、胸が張り裂けそうになる。
――来てくれた。本当に。
涙が溢れ出た。
けれど同時に恐怖も広がる。
篠崎はどこにいる? あの人はこのまま捕まってくれるの?
それとも、私の存在を隠そうとして、最後の行動に出るのでは?
檻の中で膝を抱えながら、私は震え続けた。
――希望と絶望のあいだで。




