第二十八章 突入の刻
雨粒がパトライトの赤を濡らしながら、闇の中で瞬いていた。
私はレインコートのフードを深くかぶり、目の前に広がる篠崎邸を見上げた。
――大きすぎる。まるで要塞だ。
正門から伸びる長い私道は、濡れたアスファルトの上で光を反射している。両脇には防犯カメラがいくつも設置されており、来訪者を容赦なく監視していた。
だが今夜、私たちは正面からではなく、裏口から攻める。特殊班が周囲の電源系統を制御し、監視システムを一時的に沈黙させている。
無線から低い声が流れる。
「宮本、準備はいいか」
現場指揮官の声だ。
「……ああ」
短く答えながら、胸の鼓動が早まるのを自覚する。
私はこれまでに多くの事件を担当してきたが、今回ばかりは全身が強張っていた。
ただの暴力団関係者や詐欺師ではない。
――篠崎という男は、裏でどれだけの罪を隠してきたのか。
邸宅に隠された地下室の存在を示す証拠が揃ったとき、私は背筋に氷の刃を突き立てられた気分だった。
「対象建物、外周確保」
「突入班、配置完了」
雨のざわめきの中で、無線が次々と報告を上げていく。
私は深呼吸し、ポケットの中で拳を握った。
この瞬間のために、どれだけの被害者が救われるのを待っているだろう。
ふと視界の端に光が走った。邸宅の窓。
一瞬だけ、人影が揺れた。
心臓が跳ねる。――あれは篠崎か、それとも被害者か。
私は無線に口を寄せる。
「内部に動きあり。急げ」
合図とともに、突入班が一斉に走り出した。雨を切り裂く足音とともに、金属製の器具がドアノブに取り付けられる。
「破壊準備――」
小さな爆裂音と同時に、重厚な扉が外側へ弾け飛んだ。
――ついに、篠崎邸の内部へ。
暗い廊下。豪邸特有の静謐な空気が漂う。だが、空気の底には何か腐敗したものの匂いが混じっていた。
私は銃を構え、声を張る。
「警察だ! 動くな!」
廊下の奥から物音が響いた。足音。何かが地下へと逃げ込むような気配。
私は隊員たちと視線を交わし、うなずいた。
――やはり地下だ。
被害者がいるとすれば、その場所しかない。
階段の前に立ち、私は心の中で強く念じた。
「待っていろ。必ず助け出す」
湿った地下への扉を開けた瞬間、鼻を突く異臭が押し寄せた。
糞尿、カビ、そして説明できないほどの生々しい人間の匂い。
――地獄は、すぐそこにあった。




