第二十七章 嵐の気配
地下室に響く雨音は、分厚い壁に阻まれながらも、どこか不吉な低い唸りとなって届いていた。
私は檻の中で膝を抱え、身を縮める。冷たいコンクリートの床から、湿った匂いが立ち上る。
篠崎は、今夜も檻の前に椅子を置き、テレビの光を背に座っていた。その視線は、私ではなく、別の存在に注がれている。
――新しく連れてこられた少女。
十二歳。私と同じように、突然この地下室に閉じ込められた。
彼女はまだ恐怖に震えるばかりで、状況を理解できていないようだった。
「若いっていいな……」
篠崎は低く呟き、ワイングラスを揺らした。
その言葉が胸に突き刺さる。
かつて、私にも同じ眼差しを向けていたのだろう。その熱が冷め、今では邪魔者としてしか見られていない。
私は悟っていた。――このままでは、私は捨てられる。
篠崎にとっての「価値」が失われた私に、未来などない。
壁際に置かれたポータブルトイレの匂いと、長い監禁生活で染みついた地下室の湿気が、むしろ現実感を強めていた。
彼の愛情を失った檻の中で、私は自分の存在意義さえ見失っていた。
だが今夜は、何かが違う。
篠崎の様子が妙に落ち着かない。ワインを飲みながらも、頻繁に時計を見ている。時折、携帯を確認し、舌打ちをする。
外で何かが起きているのだろうか?
雨音が一層激しくなり、まるで地上から地下を洗い流すように轟いた。
私は目を閉じる。胸の奥で、言葉にできない震えが広がる。
――これは、ただの夜ではない。
篠崎が立ち上がり、檻に近づいてきた。
「お前は……もう、要らないんだよ」
ぞっとする言葉とともに、彼の視線は冷たく私を突き刺す。
息が詰まり、背筋に冷たい汗が流れた。
このまま殺されるのか。
それとも、別の地獄が待っているのか。
だが、その瞬間、私の中に奇妙な確信が芽生えた。
――終わりが近い。だが、それは破滅ではなく、何かの転換点。
雨はやまない。地下室の蛍光灯がちらりと揺らぎ、薄暗い空間を照らす。
新しい少女の怯えた瞳が私を見ていた。
私は小さく頷いた。
「大丈夫、必ず……」
声にならないその言葉は、ただ唇の形だけで伝える。
胸の鼓動が速くなる。
暗闇の奥で、何かが確実に動き始めていた。




