第二十五章 小さな影
地下室の空気は、いつもより重かった。
新しい少女が連れ込まれてから、三日が経っていた。
檻の隅に縮こまるその小さな身体は、まだ現実を受け入れられずに震えていた。
目は腫れ、声は掠れ、私が水を差し出しても、かすかに首を振るだけだった。
「大丈夫……怖くないから」
私は声をかける。
だが、少女の瞳には私すらも「敵」として映っているのだろう。警戒と絶望が交じり合い、まるで深い闇の中に閉じ込められた子鹿のように怯えていた。
私は、二十四歳になっていた。
ここで十二年を過ごし、すべてを奪われ、檻の外の世界を夢見ることさえやめていた。
だけど、この子にはまだ未来がある。
私と同じ目に遭わせるわけにはいかない。
篠崎は少女を「新しいお気に入り」として扱い、檻の前に立つときも、これまで私に注いでいた歪んだ視線を完全に少女へと向けていた。
その瞬間、私は「用済み」にされたことを理解した。
そして――このままでは、私がかつて歩んだ絶望の道を、この子も辿ることになる。
夜、篠崎が去った後の地下室。
テレビの光が無機質に流れる中、私は檻の中で少女に近づいた。
「ねえ……名前、教えてくれる?」
少女は小さな声で「……さや」と答えた。
その一言に、胸が締めつけられる。
やっと声を返してくれた。
「さや、大丈夫。絶対に、絶対にあんたをここから出してみせる」
私はそう囁いた。根拠なんてなかった。ただ、口にせずにはいられなかった。
少女は涙を浮かべながらも、かすかに頷いた。
その仕草を見た瞬間、私の中で何かがはっきりと芽生えた。
――私は犠牲になってもいい。この子だけは助ける。
けれど、檻の中でできることは限られていた。
鉄格子はびくともせず、鍵は篠崎が持ち歩いている。監視カメラは天井から私たちを見下ろしていた。
だが、長い年月ここに閉じ込められてきた私は知っていた。篠崎の習慣、彼が油断する瞬間、そして小さな隙間。
「……待ってて。チャンスは必ず来る」
私はさやの肩を抱きしめ、言い聞かせるように呟いた。
震える身体はまだ安心しきってはいなかったが、少女の指先がそっと私の服を握り返してきた。
地下室の時計が、静かに夜を刻む。
その外で、警察が動き出していることを、私はまだ知らない。
けれど確かに感じていた。
――運命が、動き始めている。




