第二十二章 閉ざされた扉の前で
篠崎孝司――政財界にも顔の利く創業社長。
これまでの捜査で、彼の周囲に不可解な「空白」がいくつも見えてきた。
歌舞伎町で家出をして行方不明になった少女、数年前に姿を消した若い女性たち、そして篠崎邸の地下室にまつわる数々の噂。
私は確信していた。あの地下には“何か”がある。
だが、刑事の直感だけで令状は取れない。証拠が必要だった。
上司に報告すると、渋い顔をされた。
「相沢、相手はただの社長じゃない。財界に太いパイプを持つ大物だ。根拠の薄い家宅捜索なんて、命取りになるぞ」
わかっている。わかっているが、目の前で失踪者が増えている現実を、黙って見過ごすわけにはいかない。
私は裏付けを固めるために動いた。
まず、篠崎邸を夜間に張り込んだ。
高級住宅街の奥に建つその屋敷は、外観だけ見ればどこにでもある「成功者の家」だ。だが、明かりの落ちる時間は異様に遅く、深夜でも地下に通じるとおぼしき窓の隙間から微かな光が漏れているのを確認した。
さらに、近隣住民からの聞き込みで小さな手掛かりを得た。
「そういえば……たまに若い女の声がするんですよ。奥さんや娘さんの声とも違う気がしてね」
――やはり。
だがこの程度の証言では、裁判所は動かない。
次に、篠崎の会社の半グレとの繋がりを洗った。
数年前、歌舞伎町で起きた少女失踪事件。その裏に、篠崎が資金援助していた半グレ組織の影が浮かび上がった。
資金の流れを追うと、不可解な出金記録が何度も見つかった。
――だが、決定的な証拠にはならない。
行き詰まりを感じていたある夜、私は張り込みの最中に奇妙な光景を目にした。
黒塗りのワゴンが篠崎邸に滑り込み、深夜にも関わらず玄関から慌ただしく何かを運び込む姿。
双眼鏡を覗くと、そこにあったのは――小柄な少女の影。
心臓が跳ね上がった。
私はすぐにカメラのシャッターを切った。だが、距離があり、顔までは写らない。
「……これじゃ足りない」
証拠能力に欠ける。裁判所を動かすには、もっと明確な映像、音声、あるいは内部からの証言が必要だ。
翌日、検察庁にかけあった。だが、担当検事は私を一蹴した。
「篠崎氏に監禁の疑い? あの人は政財界に多大な貢献をしている。根拠薄弱な請求は、我々の信用を失う」
冷たい現実が突きつけられる。
要するに――“証拠がなければ触れるな”ということだ。
私は机に拳を叩きつけそうになったが、かろうじて自制した。
だが、諦めるつもりはなかった。
張り込みを続ける中で、屋敷から出てくる篠崎の姿を観察する。
スーツに身を包み、表向きは慈善事業や講演に熱心な「理想的な経営者」。
だが、その背後に潜む闇を私は知っている。
「……必ず証拠を掴む」
心の中で固く誓った。
問題は時間だ。
新たな少女が地下に連れ込まれたという直感が正しければ、被害者は今も檻の中で救いを待っている。
それに気づきながら、私はただ閉ざされた扉の前で立ち尽くしているにすぎない。
――急がなければならない。
このままでは、次の犠牲者が消えてしまう。
しかし、証拠を掴む術は、まだ霧の中にあった。




