表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『見えない鎖』  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/173

第二十章 匿名の声



 梅雨の湿った空気が署内にこもっていた。

 捜査一課の会議室で報告書をまとめていると、私の机に一枚の封筒が置かれていることに気づいた。

 差出人の名前はなく、宛名も「相沢刑事様」とだけ書かれていた。


 中身を確認すると、打ち込まれた文字が数行。

 ――「篠崎の家を調べろ。地下に檻がある。女がいる」


 思わず息を呑んだ。

 篠崎という名は、ここ数週間の捜査でたびたび浮かんでいた。

 大手企業の創業社長、六十二歳。表向きは堅実な実業家であり、慈善活動にも熱心。地元では模範的な人物として知られている。

 だがその陰で、行方不明事件との奇妙な接点があることが、私の中でどうしても拭いきれなかった。


 先日の失踪者リスト。二十四歳女性――十二年前から行方不明扱いになっていた。

 彼女の顔写真と、篠崎が秘書として雇っていた若い女性の姿が、どこか似ていると感じていた。

 だが確証はなく、ただの勘だと同僚からは笑われた。


 今回の匿名情報は、その「勘」を裏付けるもののように思えた。

 地下に檻。女。

 どれも常軌を逸した内容だが、信じるに値する「何か」を孕んでいる。


 私は封筒を握りしめ、デスクを離れた。

 「相沢、どこ行く?」と同僚が声をかけてきたが、「ちょっと外回り」とだけ答えた。


 篠崎の豪邸は、郊外の高級住宅街にあった。

 門構えからして近寄りがたい雰囲気を放っている。

 だが周囲を軽く歩き回ってみると、庭の片隅に通気口らしき構造物があるのを見つけた。

 普通の住宅にしては不自然な大きさ。地下へ空気を送るためのものにしか見えない。


 「……やはり、あるのか」

 胸の奥がざわめいた。


 そのとき、背後から声をかけられた。

 「刑事さん?」

 振り返ると、近所の中年女性が犬を連れて立っていた。

 私は咄嗟に笑みを作り、「散歩中ですか」とごまかした。


 しかし彼女は小声で言った。

 「夜中に、あの家から女の泣き声が聞こえることがあるんですよ」


 背筋が凍りついた。

 「泣き声?」

 「ええ。はっきりとは聞こえませんけど……子どもみたいな声に聞こえることもあって。怖くて誰にも言えなかったんです」


 その証言は、匿名の通報内容と一致していた。

 私は女性に礼を述べ、すぐに署へ戻った。


 だが問題はここからだ。

 篠崎は権力と金を持つ男。彼の屋敷を捜索するには、裁判所の令状が必要だ。

 証拠不十分のまま踏み込めば、逆にこちらが潰される可能性がある。


 机に向かい、封筒と女性の証言を書き加えた報告書をまとめながら、私は深く息を吐いた。

 「見えない鎖」――誰かの声が耳に残る。

 あの地下には、まだ見つけられていない真実が眠っている。

 放っておけば、また別の少女が犠牲になるかもしれない。


 私は決意した。

 必ず証拠を掴む。

 篠崎の「地下」を暴き、閉じ込められた声を救い出す。

 それが、この匿名の手紙に応える唯一の道だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ