第十七章 小さな灯
目を覚ますと、すぐ隣で小さな寝息が聞こえていた。
みゆが膝を抱え、檻の隅で眠っている。
この閉ざされた地下室の空気の重さの中で、唯一、人間らしい温もりを感じられる存在だった。
昨日、彼女は震える声で「外に帰りたい」とつぶやいた。
私には返す言葉が見つからなかった。
だが、黙って背中をさすったとき、彼女は泣きながらも少し笑った。
その笑みが、私にとっては救いだった。
「……おはよう」
目を覚ましたみゆが、かすかに声をかけてくる。
「うん、おはよう」
私もできるだけ優しく返した。
ここでは時間の感覚が狂う。
窓はなく、光は人工的な照明だけ。
篠崎の足音や家政婦の影が現れるとき、それが朝なのか夜なのかも分からない。
だが、私たちは互いに話し、名前を呼び合うことで、かろうじて“人間であること”を確かめていた。
「外に出たら、何したい?」
ふと尋ねると、みゆは少し考えてから答えた。
「アイス……食べたい。コンビニで売ってるチョコのやつ」
「いいね。私も一緒に食べたい」
そう言うと、彼女の顔にほんの一瞬、子どもらしい無邪気な表情が戻った。
そのとき、遠くで重い扉の開く音が響いた。
私たちは同時に息を呑む。
地下に差し込む光の中、篠崎が姿を現した。
「仲良しだな」
低い声が冷たく響く。
彼は檻の前に立ち、私たちをじっと見下ろした。
笑みを浮かべているが、その目は氷のように冷たい。
「お前たち、ここが牢獄だと思っているのか?」
問いかけに答えられず、私はみゆを庇うように前に出た。
篠崎はゆっくりとポケットから鍵を取り出し、檻の扉を少しだけ開いた。
だが中に入ってくるわけではない。
彼はただ、開けたままの扉の前で立ち尽くしていた。
「逃げるなら、どうぞ」
挑発的な声。
だが私は動けなかった。
地下室は複雑な構造で、出口がどこにあるのか分からない。
無闇に動けば、かえって罠にはまる。
みゆが小声で「行かないで」と袖を掴んだ。
その手の震えを感じた瞬間、私は一歩も動けなくなった。
篠崎はその様子を楽しむように見つめ、やがて鍵を回して扉を再び閉じた。
カチリと音が鳴ると、私たちの胸に重石が落ちたような感覚が広がる。
「いいか、外の世界などお前たちを必要としていない。
ここでなら生きていける。私が与えるものだけで」
その言葉は、檻の鉄格子よりも強い「見えない鎖」となって心を締め付けた。
篠崎が去った後、地下は再び静寂に包まれた。
だが、空気は重く、恐怖の残滓がしつこくまとわりついて離れない。
「ねえ……本当に、ここから出られるのかな」
みゆが震える声で問う。
私は胸の奥の不安を押し殺し、できるだけ強い口調で答えた。
「絶対に出られる。絶対に」
その言葉に、自分自身が縋りついていた。
信じるものがなければ、もう立ち上がれなくなる。
みゆはしばらく黙っていたが、やがて私の肩に頭を預けた。
小さな体温が伝わる。
その温もりを感じながら、私は心の奥底で強く決意した。
――生き延びる。
この子を守り、必ず光の下へ連れ出す。
どんなに鎖が見えなくても、必ず断ち切ってみせる。




