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『見えない鎖』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第十六章 封じられた扉



 篠崎邸に足を踏み入れるのは二度目だった。

 前回は形式的な聞き取りの名目で訪れただけだが、今回は違う。

 私は管理課の許可を取り、正式な「参考人聴取」の形で臨んでいた。


 玄関ホールに一歩入るだけで、息が詰まるほどの静けさが広がっていた。

 高級ホテルのような大理石の床、整然と並んだ調度品。

 だが、それらの豪奢さはどこか「外に見せるため」の虚飾に過ぎないと感じさせた。


 「どうぞ、こちらへ」

 案内役の家政婦が、慇懃な口調で応接室へと導く。

 篠崎はすでに待っていた。

 スーツ姿に、穏やかな笑み。

 だが、その目の奥には一瞬たりとも隙を見せない鋭さが潜んでいる。


 「刑事さんもお忙しいでしょうに、わざわざ」

 「ええ、少し追加でお話を伺いたくて」

 私は穏やかな口調を崩さず、記録用のノートを開いた。


 失踪事件の捜査の一環として、篠崎の名前は浮かび上がってきていた。

 直接の証拠はない。

 だが、夜間の行動記録にいくつか不審な点があり、また半グレグループとのつながりも完全には否定できない。


 「最近、夜に外出されたことは?」

 「仕事の会食でね。具体的な日付は覚えていないが」

 曖昧な返答。

 私はその言葉をメモしつつ、視線を部屋の隅々に走らせた。


 この家には「余白」が多すぎる。

 広さの割に、生活感がほとんどない。

 長年の経験で知っている。こういう家には、たいてい人目に触れない“別の空間”が存在する。


 応接室を出て廊下を歩いたとき、その感覚はさらに強まった。

 広いフロアなのに、壁の配置や窓の位置に妙な不自然さがある。

 ――奥に、何かを隠している。


 「こちらには入れないのですか?」

 私は何気ない風を装って、廊下の突き当たりの扉に目をやった。

 家政婦が即座に答える。

 「倉庫でございます。社長様の私物が多く、乱雑ですので……」


 私物の倉庫。

 それは捜査対象から最も遠ざけたい場所の常套句だ。

 だが今は無理に踏み込めない。正式な令状がない以上、強引に立ち入れば逆に捜査は潰れる。


 応接室に戻り、私は再び篠崎と対峙した。

 彼は落ち着き払ってワインを傾けている。

 その余裕の裏に、こちらの探りを楽しんでいるかのような気配すらあった。


 「失踪した子の件ですが」

 私はさりげなく核心に近づける。

 「篠崎さんは、若い女性に関心を持たれていると伺いましたが」

 「ほう、どなたから?」

 「いえ、あくまで噂レベルです。夜の繁華街に出入りしていたという話もあって」


 篠崎は笑みを浮かべたまま、ワイングラスを指先で転がした。

 「噂は怖いものですな。私のような立場の人間は、とかく標的になりやすい。

 刑事さんもご存じでしょう?」


 言葉は柔らかいが、その眼差しには挑発が潜んでいた。

 ――やはり、この男は何かを抱えている。

 だが、あと一歩が届かない。


 帰路につきながら、私は考え込んでいた。

 邸宅の造り、倉庫と称された扉、そして篠崎の余裕。

 すべてが「ここに何かがある」と告げている。


 だが、証拠はまだない。

 焦りを抑え、私は決意する。

 ――必ず令状を取る。

 地下があるなら暴いてみせる。


 その夜、署に戻った私は調書を書き終えた後、机に地図を広げた。

 篠崎邸の土地は高台にあり、建築申請の資料に「地下室」の記載があった。

 だが、申請図面と実際の間取りには矛盾がある。

 明らかに、図面に書かれていない空間が存在するのだ。


 「やっぱり……隠してるな」


 ペンを握る手に力が入った。

 次の一手を誤れば、すべては闇に消える。

 だが、少女たちの命がかかっているかもしれないのだ。


 私は深夜の署内で一人、静かに心に誓った。

 ――もう二度と、見えない鎖で縛られる者を増やしてはいけない。

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