表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『見えない鎖』  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/173

第十五章 檻の中のもう一人



 その日、地下室の扉が開いたとき、私はすぐに“違う気配”を感じ取った。

 篠崎が入ってくるときの重たい靴音はいつものことだった。だが、その後ろに続く軽やかな足音。震えるような呼吸。

 ――誰かいる。


 篠崎は檻の前に立ち、無言で合鍵を差し込んだ。

 金属の錠が外れる甲高い音が、胸の奥に突き刺さる。

 そして彼は背後にいた小柄な影を押し出すように中へ入れた。


 「……」

 そこに立っていたのは、十二歳くらいの少女だった。

 肩までの黒髪は乱れ、顔は涙と鼻水で濡れている。

 裸足の小さな足には擦り傷があり、恐怖に震える体は檻の中の冷気に晒されていた。


 私は言葉を失った。

 かつての自分を見ているようだったからだ。


 「今日からお前の“仲間”だ」

 篠崎は淡々と言った。

 仲間、という言葉の冷たさに、少女はさらに身を縮める。

 篠崎はその反応を愉快そうに見下ろし、やがて扉を閉めて去っていった。


 重たい鍵の音が響き、再び地下は二人きりになった。

 しばらく、少女は私から離れた位置で蹲ったまま動かなかった。

 「大丈夫?」と声をかけても、返事はなかった。

 だが私は、彼女の震える肩を放っておけなかった。


 「怖いよね……でも、泣いてもいいよ。私も、最初はそうだった」


 少女はわずかに顔を上げた。

 涙で濡れた瞳が、私を映していた。

 その視線には、助けを求める必死さと同時に、見知らぬ場所への警戒が入り混じっていた。


 私はそっと距離を詰め、床に座り込む。

 「名前は……?」

 少女はかすれた声で答えた。

 「……みゆ」


 みゆ。

 それは檻の中に響く、久しぶりに耳にする新しい名前だった。

 私は名を反芻するように口の中で繰り返した。

 「みゆ……大丈夫。私がいる」


 自分でも驚いた。

 これまで私はただ、篠崎の支配の中で生き延びることだけを考えてきた。

 しかし今、目の前に小さな存在が現れたことで、心の奥に眠っていた“誰かを守りたい”という感情が目を覚ましつつあった。


 みゆは小さな声で囁いた。

 「……お母さんに会いたい」

 その言葉に胸が締めつけられる。

 私もかつては同じことを口にした。

 でも、それを何度も繰り返すうちに、望むことすらやめてしまった。


 「会えるよ。絶対に」

 根拠のない言葉を私は口にしていた。

 自分でも信じきれない約束。だが、それを言わなければ、みゆの小さな心は砕けてしまう気がした。


 その夜、篠崎が再び現れた。

 手にはシャワー用のホースとバスタオルを持って。

 「新しい子を洗ってやらないとな」

 その言葉に、みゆは恐怖で後ずさった。

 だが逃げ場はなく、篠崎の手に乱暴に引き寄せられる。


 私は檻の中から、その光景を見つめるしかできなかった。

 怒りと無力感で体が震えた。

 なぜ止められないのか。なぜ声を上げられないのか。

 長年の支配の中で、私は抗う力を奪われてしまったのだ。


 シャワーの音が響く。

 篠崎の声と、みゆのすすり泣きが混じる。

 私はただ、唇を強く噛み締めた。


 ――この子だけは、同じ運命にさせたくない。


 心の奥で、静かにそう誓った。

 その誓いは、今までの自分を少しだけ変える確かな火種になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ