第十四章 豪邸の影
深夜の署内は、書類をめくる音と蛍光灯のかすかな唸りだけが支配していた。
相沢はデスクに広げた資料の束を、何度も何度も読み返していた。
失踪少女の捜索は続いている。だが、警察に寄せられる情報の多くは根拠の薄いものばかりだ。
「歌舞伎町で見た」「郊外のコンビニに似た子がいた」――。
裏を取っても、別人であることがほとんどだった。
そんな中、ふとしたきっかけで一人の名前が浮かび上がった。
篠崎康弘、六十二歳。
大手不動産会社の創業社長であり、財界でも一定の影響力を持つ人物。
「篠崎……」
相沢は声に出して、その名を噛みしめた。
直接的な証拠は何もない。
だが、家出少女の行方を追う過程で得た複数の証言が、奇妙に篠崎の周辺を指し示していた。
――“歌舞伎町の半グレたちに金を流している大物がいる”
――“豪邸の地下で何かを隠しているらしい”
裏社会の情報など、眉唾も多い。
だが篠崎の資産規模、過去の交際関係、表向きの「完璧すぎる家庭像」を重ね合わせると、相沢の直感はある一点に集中していった。
「豪邸の地下、か……」
篠崎の自宅は都内の高級住宅街にあり、近隣でも群を抜いて大きい。
登記情報を調べた限りでは、地下倉庫としての申請はあるが、用途は不明確だった。
“倉庫”にしては広すぎる。
だが違法性を示す証拠もなく、ただの贅沢な趣味と片付けられかねない。
翌日、相沢は篠崎邸の前に立っていた。
正門は黒い鉄製で、最新のセキュリティが施されている。
塀の内側に広がる庭は、まるで小さな公園のようだ。
外から眺めただけでは、何も怪しむ余地がない。
門の前を通り過ぎる近隣住民の女性に声をかけてみた。
「ここにお住まいの方について、何かご存じですか?」
女性は立ち止まり、少し誇らしげに言った。
「立派な方ですよ。いつも奥さまとご一緒で、地域の行事にも寄付してくださるんです」
やはり“理想的な人物像”しか出てこない。
表の顔は完璧に整えられている。
それが逆に、不自然に思えた。
相沢はふと、庭の端に目をやった。
塀の陰に、地面へ続くような小さな通路が見えた気がした。
しかしすぐに庭師と思しき男が通り過ぎ、その視線を遮った。
「……気のせいか」
だが、その一瞬の違和感は頭から離れなかった。
署に戻り、相沢はデータベースを漁った。
篠崎の過去の人脈。取引先。寄付金の流れ。
その中に、半グレ組織の幹部の名前を見つけた。
かつて暴力事件で逮捕歴がある男だ。
「やはり……繋がっているのか」
ただし、状況証拠だけでは動けない。
捜索令状を請求するには、もっと明確な根拠が必要だった。
相沢は深く椅子に沈み込んだ。
篠崎という男は、一見すれば社会的成功者であり、模範的な家庭人だ。
しかしその完璧な仮面の裏に、十二年前から続く“もう一つの顔”が隠されている――そんな予感が強まっていく。
「……必ず掴んでやる」
彼は独り言のように呟いた。
蛍光灯の下で揺れる資料の山が、まるで挑発しているかのように見えた。
篠崎邸の地下に潜む“何か”。
それを暴くまで、眠るわけにはいかなかった。




