第十二章 失踪者リスト
深夜、名古屋中央署の捜査一課はまだ灯りに包まれていた。
机の上に散乱する紙ファイルと、モニターに映し出された膨大なデータ。
相沢刑事はコーヒーをすすりながら、失踪者リストに目を走らせていた。
過去十五年間、歌舞伎町や大阪を中心に、十代の少女が忽然と姿を消す事件は数え切れない。
そのほとんどは家出か、自主的な蒸発として処理されていた。
だが――相沢は違和感を抱いていた。
「なぜ、これほど同じ年頃の少女ばかりが、痕跡も残さず消える?」
偶然にしては多すぎた。
失踪の報告が上がるのは、決まって十二、三歳前後の少女。
中には家庭不和や交友関係が原因とされるものもあるが、妙に共通するのは「目撃証言が極端に少ない」ことだった。
最後に誰かに見られた場所でぷつりと記録が途切れている。
資料をめくる指先が止まった。
一枚の調書に赤い付箋が貼られている。
――「深夜に黒塗りの高級車を見た」という証言。
それは十二年前、当時十二歳だった少女が新宿で失踪した際に寄せられたものだった。
証言者は近隣の飲食店の店員で、酔客を送り出すために店先に立っていたとき、黒塗りの車に少女らしき人物が押し込まれるのを見た、という。
だが、その後証言は「信憑性が薄い」と判断され、事件は有耶無耶になっていた。
相沢は唇を噛んだ。
「黒塗りの車」――それ自体は珍しくもない。
だが、同様の証言が三年後の別事件でも出ていた。
大阪・ミナミで家出少女が消えたとき、やはり黒塗りの車を見たという目撃談。
二つの事件の接点を繋ぐと、そこには「偶然では片づけられない線」が浮かび上がる。
相沢は椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。
胸の奥で微かなざわめきが生まれる。
――誰かが、長年にわたり少女を狙い続けているのではないか。
しかも相当な資金力と組織力を持ち、痕跡を巧妙に消している。
「だとしたら……まだ生きている子がいるかもしれない」
小さく呟く声は、誰にも聞かれなかった。
だがその言葉は、相沢自身の決意を固める響きだった。
翌日、相沢は古びた喫茶店にいた。
そこには一人の女性が待っていた。
失踪した少女の母親――十二年前、歌舞伎町で娘を失った母だ。
「娘さんのことを、もう一度詳しく聞かせていただけますか」
相沢が問いかけると、女性は硬く唇を結び、それでも震える声で語り始めた。
「最後に電話があったのは……あの日の夜。『友達の家に泊まる』って。信じてしまったんです」
言葉は途切れ途切れで、目元は涙に濡れていた。
「でも……あの子は、そんなに嘘をつく子じゃなかった。きっと、誰かに無理やり……」
相沢は黙ってノートを開き、母親の証言を一字一句記録した。
母の震える指が、当時の交友関係や出入りしていた街をたどる。
その中に、一つ気になる名前が出てきた。
――「篠崎」という男。
娘が家出先で知り合ったという噂の人物だった。
実態はつかめず、当時は裏付けも取れなかったらしい。
だが、今になってみれば、その名前は別の事件資料にも浮かんでいる。
表向きは大手企業の創業者、政財界にも顔が利く大金持ち。
だが裏では半グレや暴力団との関係が噂される人物。
相沢はノートを閉じ、深く息を吐いた。
「篠崎……お前か」
その瞬間、点と点が線となった気がした。
そして線は、どす黒い地下へと繋がっている。
捜査は新たな局面を迎えようとしていた。




