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『見えない鎖』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第十一章 檻のざわめき



 冷たい鉄格子に背を預け、私は膝を抱え込んでいた。

 地下室には一日中変わらぬ空気が漂い、時計も窓もないせいで時間の感覚が曖昧になる。

 ただ、遠くで響く排気ダクトの低いうなりと、壁に埋め込まれたテレビの音声だけが、私の生存を測る唯一の尺度だった。


 その日、いつもと違う気配を感じた。


 篠崎――あの男が地下室にやってきたのは、夕方だったのだろうか。

 扉が開くと、薄暗い部屋に鋭い光が差し込む。

 私は反射的に顔を伏せる。

 だがその背後に、いつもとは違う小さな影が揺れた。


 「……誰?」


 心の中で呟いたが、声には出なかった。

 篠崎は何も言わず、影を押しやるようにして檻の前に立った。

 私の胸が大きく波打つ。

 そこに立っていたのは、小柄で怯えきった少女だった。

 まだ幼い。私が連れて来られたあの頃と、まるで同じくらいに見えた。


 少女の瞳は涙で濡れ、口元は布で塞がれている。

 その小さな体が震えているのを、私は格子越しに見てしまった。


 篠崎は何事もなかったように檻を指で叩き、私を一瞥すると少女を連れて奥の小部屋へ消えていった。

 扉が閉じられ、再び地下室に静寂が戻る。

 だが私の心臓は狂ったように鳴り続けていた。


 ――やはりそうだったのだ。


 最近の篠崎の視線、冷たさ、無関心。

 あれは、私が不要になった証拠だった。

 そして新しい「私」が、あの少女にすり替わろうとしている。


 胸の奥に黒いものが広がる。

 嫉妬でも憎悪でもない。

 それはただ、強烈な恐怖だった。

 私は間違いなく、捨てられる。

 いや、それだけでは済まないだろう。

 篠崎にとって不要になった存在がどうなるのか――その答えは想像するまでもなかった。


 「……生きなきゃ」


 小さく呟いた。声が震え、唇が乾いた。

 これまで私は、ただ与えられる檻の生活に従っていた。

 反抗することなく、逃げる術もなく、ただ時間の流れに身を委ねてきた。

 それが、いつしか習慣になっていた。


 だが新しい少女の姿を見た瞬間、私は自分の終わりを直感した。

 そして同時に、胸の奥で忘れかけていた感情が目を覚ました。

 ――生きたい。

 まだ死にたくない。


 その夜、私は眠れなかった。

 テレビの映像が虚しく点滅し、女の喘ぎ声が流れ続ける中で、私は必死に考えた。

 どうすれば外に出られるのか。

 誰かに気づいてもらう方法はないのか。


 檻の中を何度も歩き回り、鉄格子の隙間に爪を立てる。

 外に繋がるわずかな穴、天井の換気口、配膳用の小さな扉。

 そのすべてがこれまで何度も試し、失敗してきたものばかりだった。

 けれど今度は違う。

 諦めるわけにはいかない。


 「私は……生きてここを出る」


 そう言葉にすると、不思議と胸の奥が熱くなった。

 弱々しい炎のように揺らいでいるが、確かにそこに存在していた。


 やがて、遠くで扉の軋む音がした。

 篠崎が戻ってくるのだろうか。

 それとも――あの新しい少女の泣き声が聞こえてくるのだろうか。


 私は格子の影に身を潜め、耳を澄ました。

 檻のざわめきが、次の運命を告げようとしていた。

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