第一章 止まった時計の部屋
暗闇の奥で、ふと目が覚める。
自分の体温と呼吸の音だけが、耳の奥で反響していた。何時なのか、昼か夜か、わからない。小さな明かりが頭上にひとつ点いているだけで、それ以外に時間を測る手がかりはなかった。
ここに閉じ込められて、もうどれくらい経ったのだろう。最初のころは、必死で日数を数えていた。食事が運ばれるタイミングや、遠くから響いてくる音を手がかりにして。しかし、その努力はすぐに無意味になった。気づけば数字は溶けて、ただ「長い」という感覚だけが残っている。
鉄の柵に囲まれた空間。檻、と言うほうが近いだろう。背を丸めればかろうじて横になれるくらいの広さ。冷たい床に布切れが一枚敷かれているだけで、寝返りを打つたびに骨が痛んだ。
壁際には、無機質なテレビが置かれている。昼も夜も、ひたすら画面が流れ続ける。内容はいつも同じで、私にとっては意味のない映像ばかりだ。目を閉じても、耳に焼きついた音が頭から離れない。
息苦しさは、空気のせいだけではない。
この部屋全体が、見えない手で首を絞めてくるように感じる。逃げ場はない。叫んでも、誰にも届かない。
最初のころ、私は何度も助けを求めた。声が枯れるまで叫び、爪が剥がれるまで鉄の柵を叩き続けた。けれど、返ってきたのは静寂だけだった。絶望の重みが積み重なり、叫ぶ気力さえ奪っていった。
いまでは声を出すことすらしない。
その代わり、頭の中で「もしここから出られたら」と繰り返す。外の空気を吸うこと、太陽を浴びること、友達と笑い合うこと。そんな当たり前の光景を夢のように思い描く。だが、思えば思うほど、心は遠くへ引き裂かれていく。
食事は決まった時間に差し入れられる。味も香りも、もうどうでもよくなった。生き延びるために口に押し込むだけ。水を飲むたび、喉を通る冷たさが「まだ私は生きている」という事実を突きつけてくる。
鏡はない。でも、自分の姿が変わってしまったことはわかる。痩せ細った腕、のびた髪、荒れた肌。誰かに見られることもなく、ただ時だけが過ぎていく。まるで自分が人間であることを、少しずつ剥ぎ取られていくようだった。
この部屋には、見えない鎖が張り巡らされている。
それは鉄の檻以上に強く、私の心を縛りつけていた。逃げたいと願う気持ちと、逃げられないと知る絶望。その相反する感情の間で、私は少しずつ壊れていった。
耳を澄ますと、上のほうからわずかな生活音が聞こえてくる。笑い声、食器の触れ合う音、テレビのニュース。きっと「普通の生活」がそこにあるのだろう。私がもう二度と触れることのない世界。
ときどき思う。
もし、あのとき違う道を選んでいれば。あの夜、街をさまよわなければ。あの人と出会わなければ。
後悔は、何度繰り返しても過去を変えてはくれない。
私はただ、ここで「生かされている」。
死ぬことすら許されず、時間の止まった部屋で、見えない鎖に縛られて。