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6話

 翌朝。

「あの、レティシスさん」

「はい、何でしょう?」

 食事の準備をしているレティシスに、ルクは話しかけた。

「今日、ぼく、街に行きたいんだ」

 その言葉だけで、レティシスはルクが何をしたいのかが分かったようで、クスリと微笑んだ。

「分かりました。では、お昼にお弁当をお持たせしますね」

 朝食を終え、ルクは着替えて肩掛けカバンを下げる。これもレティシスに買って貰ったものだ。

 炊事場でレティシスに包みを受取り、それを真新しいカバンへ。

「頑張ってくださいね」

 レティシスの笑顔に見送られ、ルクは教会を飛び出した。


 アイゼアンには、騎士や魔導士を目指す者のための育成機関もある。

 卒業者はそのままアイゼアンのために従事する者もいれば、他国に派遣されることもある。騎士や魔導士の腕はそのままに、夢を求めて冒険者として世界に飛び出す者もいる。

 キュレミーはその魔導科の初等部に通っていると言っていた。

 レティシスに書いてもらった地図を片手に街を巡る。2度目でも新鮮さを失うこと無く、むしろ新たな刺激をくれる。

 大剣を抱えた頭部が牛の亜人の剣士。

 風が吹けば吹き飛ぶような身体の男は、危うさとともに鋭い眼差しを称えていたり。

 物を売る店は活気に溢れていて。多種多様な人間がここにはいた。

 雑多な通りを抜けると、開けた場所に大きな建物があった。

「あった」

 建物を囲むように、柵の付いた壁が左右に大きく伸びている。壁に取り囲まれる圧迫感より、建物の放つ雄々しさの方が勝る。

 ここがアイゼアン魔導学校である。

 と。

 見つけたはいいが、どうすればいいか分からない。

 門扉は閉められ、その両脇には衛兵もいる。何より、ルクはこの学校の生徒ではない。文字通りの門前払いを食らうであろう。

 昨日キュレミーに出会えたのはある意味奇跡ではないのか。

 ああ、なんでこんなことをしているんだっけ?衛兵の表情が、門の前でうろうろしているルクの姿を胡乱げに見ている。

 勿論、キュレミーに謝るためだ。待ってれば会えるのだろうか。

「お、坊主。どうしたこんな所で」

 ふと、聞き慣れた声がした。

 振り向くと、銀の鎧に身を包んだ、見たことのある男がいた。

 セイン・ルイファートだ。

「おつかいか?感心だな。どうだ、新しい家は」

 見知った顔がいて、ルクはほっとする。聞いてどうなるものでもないかも知れないが、ルクはセインに事情を話してみる。

「ふーん。その女子生徒に用がある、と。だが、授業が終わるのはもっと後だぜ」

 セインは懐から懐中時計を取り出し、言った。

 見上げる校舎は、関係者以外が敷居を跨ぐことを許さない。

「なあ、時間があるんだったら、俺のとここねえか?騎士の宿舎だったら俺の口添えがありゃ入れる。坊主が足を踏み入れることを誰も止めやしねえだろうさ」

 それに、ここからそう遠くない、とセイン。

 このままここにいても仕方ない。教会に戻るのも、決意を込めて出ていったのに戻るのはなんとなく恥ずかしい。

 ルクのどうするべきか、という顔を感じ取ったのか、セインは快活な笑みを浮かべる。

「よっしゃ、付いてきな。誇るべきアイゼアンの騎士達を見せてやるぜ」

 自分の胸を指差すセインは、頼もしく見えた。


「セインさんは何をしていたんですか?」

 騎士の宿舎に向かう途中、ルクはそんなことを聞いてみた。

「何って、見回りよぉ。市民の生活を守るのが王政なら、市民そのものの安全を守るのは騎士の努めよ」

 見回りって、ひとりで?

 騎士は複数集うチームで動くと聞いたことがある。

「な、なんだその疑わしい目は。決してサボっていたわけじゃねえぜ」

 サボっていたんだ。

「まあ、そら冗談にしても、見回りは本当だ。最近『夜天鳥』なんてバケモノの噂もあるしな」

「・・・夜天鳥?」

 聞いたことのない単語に、ルクは眉をひそめる。

 仮の呼称だ、とセインは前置き。

「最近目撃情報がある、黒い翼を持った、バケモノだ。幸い、人間の被害は報告されちゃいねえ」

 黒い翼?

 それに。

「人間の被害は報告されていないって、じゃあ」

「意外と勘がいいんだな、坊主」

 愉しそうにセインは笑う。だが、すぐに真面目な顔になる。

「家畜、野良の動物に関わらず鋭利な傷跡が穿って死んでいた。まあ、夜天鳥だと決まった訳じゃねえし、それにかこつけたバカの仕業かもしれねえ」

 セインは冷静に分析。

「・・・魔獣とか、そういう類の仕業じゃないんですか?」

「ま、普通はそう思うよな。だが、そいつは人の姿をしているらしい」

 羽根の生えた人間など、いるわけない。

「目撃情報はあるが、交戦した記録もない。どんな能力でどんな攻撃方法かも不明。今、騎士団でも躍起になって情報を集めている。ガセも否定できねえが、市民に危害が加えられる可能性があるなら、注視しない理由はねえ」

 軽薄に見えて、ちゃんと国のことを考えているのだ。それでこそ騎士の姿だとルクは感じた。


「えーーーっ!?かわいいーーーー!」

「セイン騎士長の子供?」

「きゃあっ!ぷにぷに!」

 自分が向かっていたのは騎士の宿舎ではなかったのか。

 イメージでは剣を振るい、稽古に汗を流すストイックな騎士団員の姿を想像したのだけれど。

 ルクを囲む騎士が、何故か全員女性なのである。

「あ、あの。セインさん。ん。これ」

 どういうことですか、と継ぐはずだったルクの口元が誰かの指先が頬に突き刺さり、空気が吐息と共に虚しく漏れる。

「ここは確かに騎士の宿舎だ。・・・女子専用だがな」

 ルクの疑問は解決していない。

「男子の宿舎は遠いんだ。まあ、間違っちゃいねえだろ?」

 セインは悪びれること無く、言い放つ。

「普段は男子禁制ですけどぉ、騎士長の頼みなら全然オッケーっス!こんな可愛いお土産まで連れてきてくれたんですから!」

 その意味が自分のことだと、ルクは思い知る。背後からひとりの女性がルクの身体を包み込むようにして抱かれる。

 背中に当たる鎧の感触が、硬い。

「キミ、あの教会に住んでるんだよねぇ」

「は、はい」

「じゃあ、あの聖母ちゃんとひとつ屋根の下かあ」

 別の女性騎士が顔を近づけて、

「すっごいでしょ、聖母ちゃん」

 女性騎士は、自分の胸の手を添えて、胸を強調するポーズ。

「やぁん!赤くなってる!かわいーーーっ!」

「騎士団でもファン多いよね。イース・ルール以外の信奉者も、その姿を見たさに訪れるって聞くもんね」

 それも、レティシスの人望のなせる業だろう。

「まあ、でも魔女だの化物だのやっかみもあるけどねぇ」

 やっぱり、その二つ名はみんな知っているんだ。

「・・・そ、それって、レティシスさんの、その姿に嫉妬しているって言われているだけじゃ」

 キュレミーの言葉から、ルクはそう取った。

 ルクの言葉に女性騎士は目をぱちくりさせ、

「あはは、ませてるね、キミ!」

 ルクの顔の表面温度が急上昇。

「あの教会の神父さんがシスターに変わったのって、もう十年以上前の話らしいよ。根も葉もない噂だけど、その姿はずっと変わらないままだとか。先代神父さんの顔だって、私たち世代じゃ誰も知らないし」

「その若さを保つために、生き血をすすり美貌を維持している、なんて噂もあったよね」

 ぶるぶる、と身震いする仕草。

「そもそも仮にシスターが本物の化物なら、私たちが気づかないはずがない。人間かそれ以外を見分ける魔法だってあるし」

「まあ、大方先代神父さんの親族なのだろうとは思うけど」

 レティシスの話を皮切りに、続く話題に入っても、ルクが女性騎士の戒めから開放される気配はなく。

 そのままの姿のまま、ルクは持たされたサンドイッチを女性騎士たちに代わる代わる食べさせられるという拷問を受けた。

 くるくると目まぐるしく変化する光景に、ルクは戸惑うことしかできなかった。

「ほれ」

 レティシスに持たされたお昼ご飯を平らげた後、セインが何かを持って現れた。それは木で出来た、剣を模した棒。

「騎士にさせる気はさらさらねえが、未来の芽を摘むようなことはしたくねえ。ま、腹ごなしにはなるだろ」

 模造剣はルクにとっては結構重く、両手で持たないとバランスを取ることが難しい。重さで剣先が揺れる。

「いやあっ!可愛い!」

 ルクが求めていたのはそんな言葉ではない。誰かセインにやめてくれと言って欲しい。

 セインも模造剣を手に、ルクの持つ剣と木の刃を交え始めた。

「遠慮はすんな。食らうつもりはないんで」

 言って、ニッと笑った。子供も太刀筋など、何にも等しいのだろう。

 数分もすると少しは慣れてきたが、やたらめったらに振り回すなど、ルクの剣は騎士にはあるまじき太刀筋だ。

 刃と刃が噛み合う度、カンッ、カンッと音が鳴り響く。

 セインはこれにも表情をひとつ変えることなく受け続ける。

 女性騎士軍団の応援も虚しく、ルクはセインに有効打ひとつ与えること無く地面に倒れこんだ。

 これで分かったことは、ルクに剣の才能が無いことだった。


 セインに別れを告げ、騎士団女子寮を後にする。

その際、無数の女性騎士がルクに向かって手を振っていた。小さく手を振り返すと、「キャーーーっ」と一際大きい声が飛んできた。

・・・疲れた。手が痛い。

 本来の目的って何だっけ?

 そうだ。キュレミーだ。

 女子寮で、そろそろ学校も終わる頃じゃないですか?と誰かが言ってくれなければ、ルクは地面に倒れたままだっただろう。

 再度魔導学校へ向かう。

 門は開放され、制服を纏った男女と共に活気も見え始めていた。

 もう、帰っちゃったりしてないよね?

と。

 おあつらえ向きに、見知った顔が見えた。

「キュレミー!」

 ルクがその名を呼ぶと、気付いた赤い髪の房が揺れる。

 顔がほころんだのは、気の抜けば見逃すほどの一瞬で、瞬きの間にはすぐに眉根を釣り上げた表情に変化させていた。

「・・・何か用かしら。生憎と私には恩知らずの知り合いはいないんだけど」

 キュレミーは腕を組み、明後日の方向へ視線を向ける。

 額面通りではない言葉の意味。レティシスからそう教わった。正直、まだ完全に理解するのは難しい。

 現に、キュレミーを前にしても、まだあの時の言葉が消えているかといえば、そうではない。

「話があって来たんだ」

 ちらり、とキュレミーは視線だけをルクに向ける。

「ふ、ふうん。大方あのおっぱいお化けにそそのかされて来たんでしょうけど!」

「キュレミー。ぼくのことはなんて言われてもいい。我慢する。でも、レティシスさんのことを悪く言うのはやめて欲しい。・・・やっと出来た『家族』だから」

 正直、頭にこなかったと言われれば嘘になる。でも、我慢した。

「へ、へえ。家族、ねえ。さしずめシスターはお姉ちゃんかしら。それにしてっはベタベタくっつきすぎだったと思うけど!」

 ふん、とキュレミーは首を元に戻した。

 だが。

 鋭い眉が力を失う。ルクに顔を向けた時、泣きそうなくらいに表情を歪めていた。だから、ルクは驚いた。

「・・・ごめんなさい。酷いこと言って」

 そのキュレミーの言葉には、いつもの勢いをどこかに置いてきたかのように勢いがない。

「ちょっかいを出していたのも、あ、アンタがひとりで寂しそうだったから・・・」

 言葉にしてくれた今なら分かる。

「本当は、ぼくも謝りたかったんだ、ごめんね」

 素直にキュレミーの誘いを受けていれば良かった。そうすればルクの人生はもっと変わっていたんじゃないかと思う。

「キュレミーは、ぼくのことが心配だったんだよね。ありがとう」

 その言葉で、キュレミーの顔に赤みが差す。

「ぐ、むう。アンタがひとりで辛気臭い顔してるから、うっとおしいと思っただけよ!」

 相変わらず、その言葉は荒い。

 ルクは最終的に城ではひとりになった。

 周りに人がいても、壁を張ったように他人を拒絶して、交流を図ろうとはしなかった。

 キュレミーだけが、めげなかったのだ。頑なだったのはルクの方だ。

「友達になってくれる?」

 ルクが聞くと、キュレミーは一度視線を外し、再度戻した時にはいつもどおりの不敵な笑みを浮かべていた。

「あ、アンタがお望みだったら、それでいいわよ!友達で『いて』あげる!」

 にかっ、と笑うその姿は、いつものキュレミーだった。

 別れ際、キュレミーは言う。

「今度、家に遊びに行ってもいい?」

 それを、ルクは大きく手を振ることで応えたのであった。


 その夜に見た夢は、今までとは違う、この上なく幸せなものだった。

 ルクを取り巻く状況がとりあえずの収まりを見せ、心が軽くなったからだろう。

 ただひたすらに居心地の良い産湯のような温かさ。たぶん、ルクが記憶の果てに置いてきた物なのだろう。

 微睡みと、それが合わさった時、それは世界一と言っていい気持ちよさを生む。

 だが、目を覚ました時に待っていたのは、それとは真反対の地獄だった。


 空は快晴。

 真っ白な雲が青空を気持ちよさそうに泳いでいる。こんな日は、誰もが胸の中に爽やかな風を感じているに違いない。

 ルクの表情は優れない。

 違う意味でルクの顔と同じ色。

 レティシスは僅かに苦笑。でも、決して曇った表情ではない。どこか楽しさすら含むような。

 気付いた時にはすでに遅かった。ルクの下腹部を襲う、現実に引き戻される冷たさ。

「お気になさらないでください、ルクさん」

 早い話が、おねしょという失態を犯してしまったのだ。

 レティシスは、泣きそうな顔で報告にきたルクを優しく慰めながら、手早く洗濯。朝早くに手間を取らせてしまったという罪悪感。

 その結果、物干し竿には真っ白いシーツが緩やかな風にはためいている。

「油断してしまうくらい、この家に気を許して頂いている証拠ですから」

 レティシスの言う通り、例えこれが住処を手に入れたことに対しての安心感から来るものだとしても、申し訳ない気持ちで一杯だった。

「・・・恥ずかしい」

 真っ赤に顔を変化させたルクを、レティシスはただひたすらに優しい眼差しを向けていたのだった。

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