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15話

 アハルトは、完全に実力主義の世界だ。分けられる『階層』という階級制度が、その確固たる証。

 天に居を構える『第1階層』から、最下層の大地を根城にする『第7階層』まで。

『第7階層』から上に行くほど、そこに住まうアハルトの能力は強く、鋭い。

 ギュレンはその身を『第5階層』に置くアハルトだ。普通ならば、ギュレンがレティシスに敵う道理はない。

 普通ではない状況は、キュレミーを人質に取られているということ。

 ルクを初め、人間には理解出来ないだろうが、アハルトには獲物を狩ることに誇りを持っている者もいる。それが、『世界』のためだと盲信している者もいる。

 ギュレンは、言葉尻を捉える限り、『狩り』もせず、人間界でのうのうと暮らしているレティシスのことを許せないのであろう。

 レティシスは、今はアハルトを捨て、人間界で暮らしている。ギュレンがそう素直に受け取るかは別問題だが。

 現に、ここしばらくの間、ギュレン以外のアハルトに接触することが無かった。

 朝日の指す森の中。

 ギュレンの禍々しい気配が、森の奥から漂ってくる。

 上層のアハルトこそ、能力の使用に慎重だ。戦い方、己の能力を熟知しているから。

 そして、ギュレンは喰った人間の数で強くなったと盲信する節がある。

 それはありえない。

 アハルトは生まれ持った強さを大きく逸脱することはない。獲物を喰い、光核(オール)が充足していく感覚を強くなったと勘違いしているのだ。それを感じたのなら、それは自身の能力の振れ幅、誤差の範囲でしかない。

 それを認めず、レティシスを敵視する。言いがかりにも等しい言動だ。

 格上のアハルトを相手取ることにより、新たな力を得ることを考えているのか。

 だとしたら、それにより得るものは、能力の上昇ではなく階級の上昇と、それによる新たな過酷な階層へ身を置く現実が待っている。

 どこにでも異端という者はいる。だが、上層のアハルトは強い。単対単では勝負にもならないだろう。さらに、人間にやられたことのあるレティシスに油断はない。

 それほど混沌とした世界なのだ。それは、人間界にも当てはまらないとも言えない。

 長い時を生き、見て、得た答えだ。

 人間も、弱い存在が淘汰されている世界に住む存在だ。

 レティシスがシスターに従事している理由は、かつての勝手な約束と、微力ながらそんな世界に辟易する弱き存在を少しでも安らぎを共有するためだ。

 清浄神イース・ルールを初めとする神と呼ばれる存在は、人間が生み出した虚像なのかも知れない。だが、確実にそれは人の心の中に根付き、安らぎや救済を与えている。

 レティシスはその僅かな力添えができればいい。

 そう思っている。


 少し開けた場所に、その大木はあった。その大木に、小さなキュレミーの身体が貼り付けにされていた。

 念光(ブライド)が袖を貫き、木に打ち付けられている。気を失っているのか、頭をもたげ、髪の毛も自重で垂れ下がっている。

 そのキュレミーの下には、ギュレンが不敵な表情で佇んでいる。

「あなたがわたくしとの力量を推し量れないほどの愚か者ではないのなら、キュレミーさんを開放し、大人しく『輪回層(アロ・ルフ)』へ還ることをおすすめします」

 大人しくしていれば、アハルトは死ぬことのない永遠に等しい命がある。

 上層にいるアハルトほど、己の能力を理解し、無益な戦いを挑まぬものだ。

「そうだな。下層が上層に挑むなど、命を捨てている。・・・普段ならな」

 ニヤリ、とギュレンは口元を釣り上げる。

「・・・なぜ、貴方はわたくしに固執するのです?」

「『王の鉄盾(ガドマー)』さ」

 ギュレンがその言葉を口にした時、レティシスの眉が僅かに揺れた。

「『王』を守護する側近。お前は王のお気に入りだったよなぁ。堂々と逢瀬を重ねていたのを、俺は知っているぜ」

「・・・人間界での話を手土産にしていただけですよ」

 かつて、レティシスがリベッドだった時の話だ。王もまた、人間界に興味を示すひとりだったから。

「『王の鉄盾(ガドマー)』は死して初めてその座が剥奪、抹消される。それしなければ、いかなる優秀なアハルトであろうとその座に就けねえ」

 王を中心に、前後、そして左右を護る者と意味を込めて、4人のアハルトが存在する。レティシス、いや、リベッドはその一角を担うひとりだった。

「お前がいるお陰で、俺は上には行けねえんだ。いつまでも下層で燻っているわけにゃいかないんでね」

「そんなに興味がおありでしたらお好きにどうぞ。わたくしはもう輪回層(アロ・ルフ)とは関係がございませんので」

「わからんか?王の鉄盾(ガドマー)は、死ぬこと以外でその座が空くことのない永久就職先だ!お前を殺して、俺はのし上がる!」

 野心があるのは結構だが、それだけだ。

 リベッドは、王と信仰があっただけで選出された、言わばお飾り。残りの3人の王の鉄盾(ガドマー)は、間違いなく化物の領域にいる。リベッドとはレベルが違う。ギュレンも、そこを付くためにレティシスを狙ったのだろう。

「懐かしい話が出来て、嬉しいか?」

「わたくしには、思い出したくもない話です。それに、残りの3人ではなく、私を倒して奪おうなど、自信のなさが見えますよ。それでは、例え王の鉄盾(ガドマー)の地位を手に入れたとしても、やっていけませんよ」

 その言葉に、明らかに不快な顔で、ギュレンの眉根が動く。

「・・・行くぜ」

 ギュレンが構える。

 瞬く間に、数メートルの距離を詰める。

 ギュレンの風を裂く手刀が、レティシスの顔面を突く。だが、それをレティシスの手が弾き。

「おっと!抵抗したな!」

 ギュレンは歪んだ笑みを浮かべ、指を鳴らす。

 音が弾け、次の瞬間にはキュレミーの頬に小さな傷が穿った。浅い、切り傷。

 だが、それは明らかに赤い雫を滴らせて深く昏倒捺せられているのか、キュレミーは目を覚まさない。

「卑劣、と嘲るか?結構。戦闘では自分の優位を維持し続けるのは常套手段だろ?」

「いいえ。少なくとも、この様な手を使わなければわたくしに勝てないのだと、貴方の力量を再確認した次第です」

 それでも態度を変えないレティシスに、ギュレンは苛立ちを募らせる。

「余裕でいられるのも今のうちだ。ガキの命は俺が握っている。お前には死ぬ以外の選択肢はない」

 愉しそうに、ギュレンは口元を三日月に変化させた。


「はあ、はあ」

 レティシスの荒い息。

 その体中に傷がいくつも走っている。

 ギュレンの攻撃を防御すれば、キュレミーへの攻撃を開始する。致命傷になる一撃だけを避け、なるべくレティシスはその身で攻撃を受ける。

 防御の鱗装(ウォルコ)を最大に広げて、反撃の隙を伺う。おかげでキュレミーは、最初の頬への傷以外を、まだ受けてはいない。

「どうだ?久しく味わっていない痛みというのは」

 確かに、これほどのダメージは、名もなき騎士の一撃以来か。

 ギュレンの攻撃に合わせて、鱗装(ウォルコ)の強度を高め、何とか致命傷になる攻撃は防いでいる。でも、このまま続けていたら、いずれレティシスは力尽きる。

 その姿を楽しむように、ギュレンは笑いつつ攻撃を放つ。

「・・・もし、わたくしを下したのなら、キュレミーさんは助けてくださいますか?」

 レティシスの問いかけに、ギュレンは顔を動かさずに、目だけで貼り付けにした少女を見る。

「あ?いらねえよ、こんなクソガキ。纏圏(ズォーグ)で探ったが、特筆するものがねえ。喰うにも値しない。やっぱ駄目だな、ガキは」

・・・ばかな。

 キュレミー・イヴンスは、高名な両親の元に生まれたと聞く。その後、名を後世に残すかどうかはともかく、生まれ持った魔導の才があるはず。アハルトの理論で言うのなら、十分に喰うに値する甘美な味であるはずだ。もっとも、それで能力が上昇するものではないが。

「このガキを人質に選んだのは、お前の匂いがしたからだ。お前に縁のある人間ならば、誰でも良かった。・・・あの男のガキでもな」

 初めて、レティシスの表情が苦悶に歪んだ。ルクを、コイツに近づけさせるわけにはいかない。そして、自分も死ぬわけにはいかない

 そうしたら、彼は本当にひとりぼっちになってしまう。

「・・・そろそろ飽きたな。俺はお前を越えて行く。そのための礎になってくれ」

 ギュレンの手のひらに、赫い光が収束してゆく。

 凝縮された念光(ブライド)は、あらゆる物を貫く弾道となる。

 キュレミーを有する木を背に、ギュレンは赫い光の明滅する手のひらを、レティシスへと差し向けた。

「ま、待てっ」

 レティシスが、今最も聞きたくない声が聞こえた。

 草むらから、本を小脇に抱えてルクが現れた。

「レティシスさんっ!」

「なぜ来たのですっ!?」

 レティシスは叱責する。

 嬉しくないわけがない。でも、今だけは。

「妙な気配はすると感じていたがな。ハエだと思っていたが、これはこれは」

 ギュレンが笑う。

「ルクさんだけは!助けてください!」

「いいねえ!その懇願!俺がもっとも見たかった景色だ!・・・だが、駄目だ!」

 赫い光を、ルクへと向け。ねじ曲がった喜びで顔を満たした。

 足が動かない。これほどまでに自身が動揺することがあっただろうか。心が追いつかない。

 大切な者を失う。それはかつてのレティシスが死んだ時と重なって。

 念光(ブライド)が間に合わない。焦れば焦るほど、最悪の結末が神経を侵食し、動くことを拒否する。

 剥いた目に中にルクを収め、ギュレンは。

 赫い光を。

 解き放つ。

 空気を捻り裂き、燃える様な紅蓮の弾光が。

 ルクへ。

 耳を裂くような大轟音。土煙が周囲に撒き散らされ。

 どこかで鳥が危機を察して飛び立ち。

 表情を変えたのは、ギュレンだった。

 ルクは、貫かれてはいなかった。バラバラにもなっていなかった。焼き払われてもいなかった。

 ルクが、眼前に魔導書をかざして、目を固く瞑っている。

 ただの魔導書だ。

 知識や魔導式のみが記されている、ただの教本だ。それ以外に意味はない。盾にすらならない、紙の束だ。

「できた・・・!」

 ルクは自分がしたことに驚いたかのように、立ち込める黒煙の中、瞑った目を開きながら、言った。

 レティシスはすぐさま意識をギュレンに向け、疾る。

 ギュレンが呆けていた表情を、元に戻す。だが、レティシスにとって、その一瞬で十分だった。

 念光(ブライド)を鋭利に形作り。

「がっ・・・!」

 ギュレンの両腕を、切断する。

 鉤爪のように形作る対象の両腕から切り飛ばされ、中を舞う。

 レティシスの片手がギュレンの顔面を捕らえ、鷲掴み、地面に叩きつける。木々のへし折れる音が周囲に響く。

「ぐ。ううっ!」

 顔を地面に押し付けられ、ギュレンは呻く。

「・・・その腕が再生するのに掛かる時間はどれくらいですか?それまでに消し飛ばさなければならないので」

 ギュレンは感じているのだろう。顔面から感じる、滲み出るようレティシスの怒りを。そして、手のひらに感じる念光(ブライド)の熱を。

「ま、待て。腕のない相手にそれを放つというのか・・・!」

 哀れな命乞い。

 誇り高い上層ほど、そんな無様な真似はしない。

「・・・子供を人質にした者の言い分には思えませんね」

 自分よりも小さく弱い子供、それも女の子を盾にした、恥ずべき愚動だ。

「俺はまだ死にたくない!王の鉄盾(ガドマー)は諦める!お前に関わる人間への接触もしない!」

 とんだ手のひら返しだ。それで今まででの蛮行がなくなるとでも思っているのか。

 纏圏(ズォーグ)で感じる意志に、その言葉も通用しないと悟ったギュレンは、その表情に怒りを滲ませてゆく。

 たった片手で押し付けられている状況から逃れようと身をよじるも、レティシスの力はそれを許さない。

「・・・ルクさん。少し、目を伏せていただけませんか?お目汚しになるので」

 レティシスの手のひらに籠もる熱が強まる。

「ひっ・・・」

 未だ叶わぬ、逃走を試みるギュレンの身体が恐怖で硬直する。

「さようなら。永遠に」

 瞬間。

 一瞬の閃光が走る。

 ギュレンの全身に亀裂が入り、色が黒い塊に変化する。

 足が泳ぎ、足掻く姿のままで。

 瞬く間に、ギュレンの身体は黒い粒子のまま、緑の森の中へ消えた。

でも、ルクはそれを見ていた。目をそらしていては駄目だと思ったから。

「レティシスさん」

 黒いチリが泳いでいくのを見届けた後。急いでルクは駆け寄る。小さな身体では頼りにならないかも知れないけど。支えるように、レティシスに手を添える。

「・・・ありがとうございます。わたくしよりも、キュレミーさんを」

 ギュレンが粉々になった瞬間に戒めは解かれ、木の下へとキュレミーの小さな身体が倒れていた。

 どうやら、命に別状はないようだ。頬の小さな傷だけが、囚われていた証拠。

その傷に、レティシスは触れる。手のひらをどけた時には、その傷は塞がっていた。念光(ブライド)は攻撃に使用するだけのものではない。これも人間の世界で学んだことだ。無論、死に近しい傷は、癒せない。死は、どの生物にも等しい。

「・・・ルクさん、魔導を使えるのですか?」

 ギュレンの念光(ブライド)を、こんな小さな子供が防いで見せたのだから。ギュレンにも侮りがあったのかも知れない。子供ひとり消すのに、そんな労力はいらないと。それでも、十分消し炭になる威力だ。

 正直、驚いた。本を呼んだだけでは得られないだろう。そもそも、ルクはまだまともに字が読めないのだから。

 見様見真似で、と前置きをした後で。

「キュレミーが言ってたんだ。魔導に1番大切なものは自由な発想と柔軟性だって」

 だから、ルクは祈った。誰かを傷つける攻撃から護る強固な盾を。

 ルクがレティシスの全てを知らないのと動揺に、レティシスもまた、ルクのことを知らない。もしかしたら、彼には魔導の才があるのだろうか、と。

 今は、それよりも。

「ルクさんはキュレミーさんを運んでくださいますか?わたくしではお召し物を汚してしまいますので」

 レティシスの傷は深い。体の尾とことどころが血に染まっている。まだ再生が不安定だ。ギュレンの攻撃の防御に光核(オール)を注ぎ込んだから。

 ルクはキュレミーを背負い、レティシスと共に教会へ帰る。

 ルクの部屋のベッドに寝かせていたが、キュレミーはやがて目を覚ました。

 キュレミーはなぜ自分がこんなところで寝ていたのか不思議がっていたが、教会の手前で倒れていた、と嘘を言ってごまかした。

 遅刻しちゃう!とキュレミーはベッドから跳ね起き、教科書を回収し、慌ただしく教会を飛び出していった。


 レティシスの部屋にノックをして入ると、ルクは思わず顔を背けそうになる。  

 今まさにレティシスが服を脱ぎ出す瞬間だったからだ。でも、ルクは決意を顔に宿し、部屋に足を踏み入れる。そして、そのままレティシスの身体に抱きついた。

「え?る、ルクさん?」

 その行動に、レティシスが戸惑っていると。

光核(オール)が回復するまで、こうしているね?」

 ルクは、レティシスの状態が分かっていた。再生に必要なエネルギーも、枯渇に近しい状態なのも。帰るまでの道のりも、足元がおぼつかなかったし、息も荒かったから。

 レティシスは腰元に回されたルクの手に、指で触れる。

 少し、震えている。

 怖かったのだろう。

 あのギュレンを目の前にして、恐怖を感じないはずがないのだ。それでもなお駆けつけた。

「レティシスさん。あ、後で一緒にお風呂に、は、入ろう。あ、でも傷口にお湯は触るかな」

 この体勢からは見えていないが、恐らくルクの顔は真っ赤に染まっているに違いない。

「いいえぇっ!ルクさんとのお風呂でしたら、腕を切断されてもご一緒します!」

「・・・それは怖いからやめてよ」

 血染めの風呂桶は怖すぎる。

「・・・ありがとうございます」

 人間は、矮小で、脆弱だ。

 でも、小さな勇気を振り絞る小さな身体は、とても勇敢に見えた。

 光核(オール)が音を立てて回復する以上に、なんとも言えない幸福感がレティシスの胸を満たしてゆくのであった。

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