05-火と灰の記憶
朝。
夜の気配がようやく地面から抜けきる頃、ユマは昨夜の焚き火跡のそばにしゃがみ込んでいた。
白く積もった灰の山。
彼はポケットに手を伸ばし、ZIPPOに触れる。
この世界では貴重な“火の種”。だが、次の瞬間、その手が止まる。
手の甲をそっとかざすと、空気の流れとともに、じんわりとした熱が肌に伝わってきた。
「……いらねぇか。ここには、ちゃんと火がある」
ユマはZIPPOを仕舞い、小さく息をついた。
近くに落ちていた松の枯れ葉を拾い集め、指先でほぐして灰の中心にふわりとかぶせる。
そして、熾火に向かってそっと息を吹きかける。
枯葉が赤く染まり、わずかに煙を上げる。
その上に、乾いた細枝を数本、呼吸を邪魔しないよう注意深く重ねていく。
ふわりと火が立ち上がった。暴れず、静かに。
「……やっぱ、あんたら火のこと、ちゃんとわかってんだな」
そのとき、背後から足音がした。
振り返ると、火守の老人が静かに近づいてきていた。
彼は無言のままユマの隣にしゃがみこみ、再び燃えはじめた焚き火をじっと見つめる。
やがて腰の袋から、小さな土器片を取り出した。
焦げの残る粘土の破片。
よく見ると、その表面の一部が、かすかに光を反射していた。
「……これって……」
ユマが覗き込むと、火守はその土器片を焚き火のそばに置き、隣の灰を指差す。
「……カイ(灰)……」
低く、かすれた声。言葉はすべてを伝えない。
だが、その仕草と目の奥にある感覚は、確かにユマに届いていた。
ユマはじっと土器片を見つめる。
表面が、まるでガラスのように薄く光っている。
明らかに、土器本来の質感とは違う、なめらかな膜。
「薪を強く焚いて、灰が降って……火が強すぎて……
もしかして、灰が焼きついて土器がツルツルになった……?」
彼は数日前に使わせてもらった土器を思い出す。
煮た湯に、ほんのりと土の匂いが移った。
ざらついた表面は洗いづらく、触れるたび細かい粒子が残る気がしていた。
「……でも、こうなってれば、匂い移りもしにくくなるかもな。
飲み物の味も変わらず、洗うのも楽になる。……ってことはさ──」
ユマは焚き火の炎を見つめながら、ゆっくりとつぶやく。
「焼く前に、灰を塗ってみたら……どうだ?」
それは誰に向けた言葉でもなかった。
けれど、火守の目がわずかに細められたように見えた。
言葉は通じない。
だが、火と灰と、そして記憶を通して伝わった“なにか”が、そこにはあった。
炎は静かに揺れていた。
そのゆらぎが、どこか遠く、まだ見ぬ未来への道を照らしているようにも思えた。