03-この世界の温度
焚き火の煙の匂いで目が覚めた。
目を開けると、天井はなかった。
代わりに、太い木の梁と草を編んだ屋根。
天窓の隙間から、朝の光が差し込んでいる。
身体の下には獣の毛皮。頭のすぐ横で、灰になった炭が小さくくすぶっていた。
ここは……昨夜連れてこられた村の中。
たぶん、村人たちの住まいの一つ。
(まるでキャンプ……いや、ちょっと違う)
悠真はゆっくり体を起こし、背伸びをした。
外から聞こえるのは、水の音、枝を折る音、子どもの声。
生活の音だ。現代の人工音は、どこにもない。
住居の外に出ると、朝の空気が肌に刺さった。
空は青く、風は冷たい。焚き火の煙が、村のあちこちに漂っていた。
近くでは、女たちが大きな土器に水を汲んでいた。
その隣では、男が魚を石板の上で捌いている。
子どもたちは裸足のまま走り回り、火のそばで芋のようなものを焼いていた。
(本当に……別世界なんだな、ここ)
悠真は深く息を吐き、顔を洗おうと川のほうへ向かった。
けれど、途中で手を止めた。
村の少年が先に川の水を手ですくい、そのまま顔を洗い、口をゆすいでいた。
石鹸も布もない。ただの“水そのまま”。
(……まあ、そりゃそうか)
現代と同じ価値観で動こうとした自分が、少しおかしく思えた。
ここには“そういうもの”がない。
そして、それでも世界はちゃんと回っている。
住居に戻ると、昨日の少女――あやがいた。
編み込まれた髪を後ろにまとめ、小さな籠を手にしていた。
彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに表情を戻す。
「……あー……」
悠真は口を開いたが、何を言えばいいのか分からない。
それでも、あやはそっと一歩、近づいてきた。
籠の中には、木の実と布の切れ端のようなものが入っている。
言葉はない。けれど、あやはそれを差し出した。
受け取るべきか迷ったが、悠真はゆっくり両手で受け取った。
「……サンキュー、で通じるかな」
そうつぶやいた瞬間、あやが首をかしげた。
そして、小さく言う。
「……ユマ?」
息が止まった気がした。
それは、昨日、悠真がうっかり自分の名前を口にしたときの音に、よく似ていた。
「……うん、ユマ。俺の名前」
あやは小さく、もう一度つぶやく。
「ユマ」
言葉は通じなくても、名前は通じた。
(この世界で、はじめて通じた言葉が……自分の名前か)
たったそれだけのことなのに、胸の奥に火が灯るような感覚があった。