02-最初の一口
火の前に、何かが置かれた。
葉っぱを敷いたその上に、乾いた魚と、粘土をこねたような茶色い団子。
悠真はしばらく見つめてから、そっと鼻を近づけてみた。
(……まあまあヤバそうだな)
匂いはきつくはないけど、うまそうでもない。
どっちかって言うと「保存食」って感じ。
しかも、火が通ってるのかどうかも怪しい。
視線を上げると、村人たちがこっちを見ていた。
「どうぞ」って感じじゃない。**「食うのか?」「どうなるんだ?」**という探るような空気。
試されているのは悠真なのか、食わせた自分たちなのか──たぶんその両方だ。
(腹壊しそうなんだよな……)
それでも、食わずに突っぱねるわけにもいかない。
悠真は静かにマグカップを取り出した。
少しだけ水を入れて、非常食のスープ粉末を加える。
魚と団子の欠片も沈め、焚き火の隅で温める。
やがて、湯気が立ち上った。
それと同時に、匂いが変わった。
土と煙ばかりだった空気の中に、わずかな塩気と、魚の出汁の香りが混じる。
村人たちが、わずかにざわついた。
目に見えて反応が変わる。
「匂いで腹が減る」という感覚を、今、初めて体験したような顔。
火を通して、味を変える。
同じ材料なのに、香りが違う。
それだけで、十分に“異質”だった。
スープを一口すすった悠真は、熱さにふっと息を吐いた。
(……うん、いける)
煮ただけで、なんとか食えるレベルになった。
味がどうこうより、「どう調理するか」で印象は変わる。
隣にいた子どもに、マグカップを差し出す。
ぎょっとした表情。戸惑い。
けれど、近くにいた大人が軽くうなずくと、おそるおそる口をつけた。
そして、固まった。
ひと呼吸おいて、顔が変わる。
眉が持ち上がり、目が丸くなる。
その一口で、何かが伝わったのがわかった。
周囲の子どもたちがざわざわと近づいてくる。
大人たちは無言のまま、でも視線は少しだけ和らいでいた。
そのときだった。
編み髪の少女が、ゆっくりと悠真のそばに座った。
あの儀式のときと同じ、静かな表情。けれど、今はほんのわずかに笑っていた。
悠真は、どうしていいかわからず、小さくうなずく。
火を囲んでいるのに、心の奥のどこかがあたたかくなった気がした。
(……そういうことか)
火を灯すだけじゃダメなんだ。
それをどう使って、誰と分け合うか。
たぶん――それが、この時代で生きるってことなんだろう。